「香月……一葉<カヅキイチヨウ>…」


この男こそが、私に生きる術を教えた存在。


そして教えるだけ教えると、私の前から姿を消した男。



正直、この男がいた時の記憶は曖昧だ。

でも覚えている。

この男が私になんと言って消えたかは、覚えている。



「なんでここに居るの…?」


滅裂な心情にできるだけ平静を装う。


彼は興味が無さそうに、自分の膝の上に頬杖をついた。



「お前は知らなくていい」


その男のそういう所は、私の癪に障るようだ。


拳を握りしめた瞬間、パタパタと足音が聞こえてきた。



「雨さん目覚めたんすかー?」

ひょこっと顔を覗かせたのは翔だった。



翔の存在については、それ程驚きは無かった。


一葉が出てきたということは、どこかで繋がっていたのだろうと思ったからだ。


何故、美華さんが…?

まず初めの疑問はそこからだった。


おずおずと翔の後ろから不安そうに部屋を覗いていた。