あるべきではない内容に変えることは、物語の改竄(かいざん)を意味する。図書館創設者たる上位聖霊ブックと、司書長たる上司の許可があれば出来ないこともないが、長年語り継がれている歴史を自分勝手に変えることを良しとしないのは明白。唯一の例外があるとすれば。
「おい、お前。雪木を侮辱する口に熱した石を詰め込んでやろうか」
隣にいた彼はいつの間にやら、狼の口を掌握していた。聖霊と言っても彼の姿は成人男性のそれと同等というか、上位というか、身長180越えの手による掌握はバスケットボールを片手で持つがごとく余裕綽々と狼を悶絶させていた。
「腹に詰める石は全て口を通して入れてやろう。井戸の水を干上がらせて、深い深い底に叩き落とした後、上からコンクリートを流し込んで埋め立ててやろうか。ああ、その前に彼女への詫びとしてその毛皮を剥いで売り飛ばそう」
「暴力禁止です売りません!」
「そっか。君の世界にはこちらの物は持っていけないものね。でもせっかくだし、こいつの毛皮で試してみようよ。仮にも持っていけるなら、俺の皮で出来た指輪を君の左手薬指に巻き付けたい」
「恐ろしいこと言ってないで、戻って来て下さい!」
見境なく暴力ーーそれもひたすらに残虐なことをしようとする彼を制するのもまた私の仕事。ホイッスルがあれば、ピーピー鳴らしたい心持ちで彼に呼び掛けた。
「戻って、だなんて。ごめんね、雪木。俺とそんなに離れたくなかったんだね!」
都合いい自己解釈と誇大妄想を携えた彼は私に頬ずりが出来る距離まで戻ってきた。ひとまず、これで狼さんの命は救われた。
「って、なんで戻ってきたああぁ!」
せっかく狼を捕まえていたのに!
赤ずきんに危害を与える前に、がしっと捕まえていたというのに、この人は!
「雪木が戻ってと言ったから。俺は雪木のお願いごとしか聞かないよ」
「そうじゃないそうではありません!赤ずきん救出のために尽力をですねー!」
くどくど言いたくなったところで、きゃあという幼子の悲鳴。
「どいつもこいつも、邪魔しやがってぇ!俺と赤ずきんが結婚しない物語なんか、こっちから願い下げだあぁ!」
気性荒ぶる狼が大きく口を開けた。
立派な白い牙がぎらつく口が、今にも赤ずきんを頭から飲み込もうとする。