事の始まりは何時間前だったか。
『狼が、赤ずきんを拉致ったそうなのー。物語が完成しないから、修正お願いね』
ウィンクが似合う年齢不詳上司に言われたお願いならぬ、仕事。
拉致を行った野郎ーーもとい、当事者に会いに来れば、どうやら興奮しているらしく、弾みで赤ずきんに危害を加えられないよう、まずは草葉の陰より犯人説得に試みる。
そうして時は流れて、現在。
「今すぐ赤ずきんを解放しなさーい!こんなことをしては、故郷の母狼が泣きますよー!我が子が、幼女に求婚を申し込んだあげく、ふられたからと言って拉致をするような変態狼であるなんて、お母さんが泣きますよー!」
「事実にしても言い方考えろや!傷つくだろうが!つか、そもそも、ここの登場人物に俺の母親はいねーっての!」
それもそうか、と二足歩行生物もとい、狼の言葉に納得。木の股ならぬ、紙から産まれた彼らには生みの親がいないケースがある。説得失敗かと、小型の拡声器をベルトポーチにしまう。ベルトポーチには他にも暴れる当事者を捕縛するための縄や、もしものための伸縮式警棒も備え付けられているが人質を取られている以上、近接でこそ使えるこれらの道具は使い物にはならない。
そもそも、これだけ長い時間話しかけても、赤ずきんと結婚するとしか言わない変態狼にはどんな言葉も通じないだろう。ここは、狼撃退のために猟師を派遣するしかないのだけど。
「猟師さん、まだ起きませんか?」
「無理だね。なんせ、絞めて“落としちゃった”からしばらくは起きないよ」
泡を吐いたまま気絶している猟師。ここに来た段階では、この猟師が赤ずきんを救出しようと奮闘していた。狼も猟師には弱いらしく、後一息のところで狼を倒せたというのに。
「あなたがあの時、下らない理由で猟師を落とさなければああぁ!」
狼にやられたわけでなく、『落としちゃったから』といけしゃあしゃあ語る男は悪いことをしたとは思っていない。
曰わく。
「下らなくなんかない。こいつ、雪木(そそぎ)を見るなり、『危ないから下がってて、お嬢さん』だなんて優しい言葉をかけ、さらには狼を一発で仕留めるというかっこいいところを見せつけようとしたんだよ?君の好感度を底上げし、いずれは君と恋人関係になろうと企んでいた紙屑なんだ。燃え消さなかっただけでもずいぶん譲歩したんだけどね」
曰わくとまとめても、理解出来ない破壊的思考回路には返す言葉も見つからない。ああ、つまるところを話すならば。