そんな世界に産まれて、順風満帆な人生を送れていることに私とて何の不満もない。
ないの、だけど……
「はい?オオカミ少年が嘘をつき続ける罪悪感に堪えられなくなった?ならば、狼を在中させましょう。村人が来たときには退散してもらい、帰ったらまた来てもらえば嘘をついていることにはなりません。
は?雪の中マッチを売る少女がかわいそうで仕方がないから通行人が皆マッチを買い占め、あげくの果てに暖かい家に招く?ならば、今度から暖かな場所にて売り場の舞台をセッティングしましょう。雪にはわたあめを代用で。
……、裸の王さまが最近筋トレにハマって、むしろ自ら裸で街を練り歩いてる?馬鹿にするどころか貴婦人たちのアイドルになっている?それは筋トレをやめろおおぉ!」
がちゃんと、受話器を置く。
置くなり机に伏してうなだれた。勤務中にすることではないが、ここは司書補統括役たる私に与えられた個室の仕事場だ、他に人はいない。多少のだらしなさは許されるし、この下らなさで満ちた忙しさに数秒間の嘆きを声に出させてほしい。
「図書館って、こんなところだったかな……」
イメージだけであれば、図書館というものは静かなもので。来客も従業員(スタッフ)も、皆落ち着いた人ばかりだと思っていたのに。
やはり現実は違った。働くって辛い。
聖霊の顕現により、世界の神秘は明確になった。その分、人々は今まで体験したことがないことを聖霊の力を借りて実現することが出来る。
娯楽(アトラクション)の一つとして、『図書館 』は人気スポットだった。
私が幼い時にあった図書館はあくまでも本を読むだけの場所だが、現代における図書館は本を読むだけでなく“体験”することが出来る。
その物語のある役柄になることも出来れば、第三者視点として肌からその世界の空気(物語)を感じることも。
体験出来る本も絵本だけでなく、ある程度の年月が経った本ならば『訪問』可能。
上位聖霊『ブック』の力により成るアトラクションは世界各地にあるが、私が勤務する図書館『フォレスト』は、特に絵本ジャンルに力を入れていた。
来園者も大概が子ども。
比較的穏やかな勤務地になると思っていたのに。
「むしろ、子どもよりもワガママな絵本って……」
私が対応に追われているのは絵本の住人たちだった。昔の言葉で言うと付喪神(つくもがみ)か。ある程度、年月が経った本には魂が宿り、登場人物たちにも心(個性)を与えてしまった。紙の中の住人たちが飛び出してくることはなく、物語とは関係ないページ外でそれぞれ、私たち(人類)に知られることなくひっそりと“生きていた”わけだが。上位聖霊『ブック』の力によって、本の住人たちとの“交流”が出来てしまった。
仕事として捉えている私たちからしてみれば、人類の娯楽(アトラクション)目的での『訪問』を円滑に進めるための不満材料消化活動だが、この世界に約束された幸福をもたらしたかの方からすれば、心を持った本の住人たちとてその対象となる。
それを踏まえれば私たち図書館の活動は、二つの世界を幸福に導く誇りある仕事ーーなのだけど。
「どうしてこうも、毎日毎日……」
ワガママ三昧の住人たちには頭を悩ませてしまう。いえ、分かりますよ。同じ道をグルグル永遠に回っていれば、ふとした時に休んで、飲み物とかマッサージを要求しちゃったりしたくなるのも。彼らがそういった大変な道のりでしか生きられないことも理解しています。けど、やはり、もうちょっとこちらの苦労も考えてほしい。
本来ならば、まだ入社して間もない私がここまで頭を悩ませる問題ではなく、受付か、『訪問』中の子どもたちの様子を見る程度の仕事しかないはずなのに、それはこの部屋を与えられた時点でなくなった。