「絶対に耳を貸さないで下さいよ。人生、平和が一番なのですから」
「分かっていますわ。図書館の方々に迷惑をかけては申し訳ないですからね。こう見えても、感謝はしているのですよ?わたしたち絵本の住人に“生活”を与え、そうして世界が朽ちないよう管理して下さる図書館の方々を」
スカートの裾を持って、お礼をする赤ずきんさんにはこちらもいえいえと恐縮する。
「にしてもーーあれだけ無口な聖霊さんがこんなおしゃべりになるだなんて。面白くありませんわ。ポチのお腹を縫える針と糸があるのですけど、いかがかしら?」
「安心しろよ。お前とのおしゃべりなんて、金輪際ないだろうからな」
「本当に変わってしまって、残念ですわ。昔のように無言で遠くを見つめ、全てが下らないとつまらそうにしているそのふてぶてしい横顔が素敵でしたのに。それを踏みつけて、屈伏させる夢は叶いませんでしたわね」
「お気に入りのポチ相手にやっていろ。何が『優しい世界』だ。耳を疑ったぞ。腹を切って、石を詰めて、井戸に沈めさせるような奴が言うセリフじゃないな」
「かわいいかわいいわたしに構ってもらえて史上の喜びのはずでしょうに」
減らず口をと悪態つくセーレさんを見て、相当古い知り合いなんだなと思う。
セーレさんは数多の本(物語)を行き交うことが出来る聖霊さんだ。実際、セーレさんを引き連れて本の住人に会うとほとんどの人が、彼の顔を知っている。
そうして、口々に言うのだ。
「良かったですわね」
「……、ああ」
そうして、私の預かり知らぬ言葉を交わす。
私も関係者なのだろうけど、聞いたところで答えてはくれないし、登場人物たちも口裏を合わせたように教えてくれない。
ただ、良かったね。と、そうして。
「聖霊さんをよろしくお願いしますわね、お嬢さん。では、ごきげんよう」
くるりとスカートを翻して、物語(ページ)に戻る赤ずきんさん。
また、可愛らしい幼女(役者)となって、来る人々の期待を裏切らない物語を進めてくれるだろう。
「また、よろしくと言われたのですが」
「それだけ俺と雪木はお似合いのカップルだと思われているのだろうね」
「あなたの恋人になった覚えはありませんよ」
「そんな酷いことを言うなら、いっそ本の世界に閉じ込めちゃおうか」
そしたら俺とずっと一緒だという彼には、笑っておく。
「あなたは優しい人ですから、そんなことは出来ませんよ」
昔の馴染みが、今の彼の姿に祝福の言葉を送るほど優しいくせに。そんな彼は寂しげながらも、私と同じ顔をする。
「またね」
「はい。次もまたよろしくお願いします」
そうして、彼とのお別れが訪れる。