「嫌いっていうのは、徐々に溜まっていくものだからね。」

僕は先生の一言を思い出していた。別れる手前、彼女の行動に不審な点はなかったか?実は、僕を嫌いになっていたのではないか?細かく思い出して見ても、そんな点は見当たらず、浮かんでくるのはいつも通りの彼女の笑顔だけだった。そして、考えた。僕は彼女を嫌いになったのか?いや違う。今も好きな気持ちは少しも変わっていない。好きだからこそ、忘れたくて。忘れられないから苦しいだけだ。苦しい=嫌いでは絶対ない。なら、今の僕は、彼女とどうなりたい?寄りを戻したいのか?友達でもいいから、前みたいに話がしたいのか?僕の中にすとんと何かが落ちてきたような気がした。足りなかった最後の一ピース。僕は椅子に座り直すと、覚悟を決めてペンを握った。

先生の言っていた通り、覚悟を決めてしまえば、ペンはまるで自らが生きているかのようにすらすらと進んだ。僕は文字で埋め尽くされた紙を眺め、最初から読み直して行く。どうやら、誤字や脱字はなさそうだったので、その紙を三つ折りにして便箋に入れた。便箋の表には、手紙の最初に書いたよりも少し改まった言い方で、結城 秋葉様へと書いた。裏には差出人である僕の名前を書く。桐生将太より。丁度、そこまで書き終えた時だった。タイミングを見計らっていたかのように、僕のケータイに一本の着信が入った。

翌日、土曜日。
世間一般の高校生の目線から言えば、やっと休みだとか、今日も部活かと言ったところだろうか。だが僕の場合は違う。今日も一日、バイトのシフトが入っている。僕が働いているのは家のすぐ近くの飲食店だ。本来、僕の通っている高校では、バイトは禁止されているのだが、事情を伝えると、特例として、許してもらうことになった。けたたましくアラームが鳴り響く部屋。僕はその音の在り処を手探りで探して、音を止める。それから数秒後、ようやく体が追いついてきて、僕は重たい瞼を持ち上げた。時計を見ると六時半を指している。僕は毎日この時間に起きるのだ。今日のシフトは、確か八時から。あまり気が進まないが、さぼるわけにはいかない。僕の生活がかかっているのだ。
かりかりに焼き上げたトーストにバターを薄く引いて、その上にハチミツを重ねる。それを皿の上に乗せて、冷蔵庫から取り出したヨーグルトと共にテーブルに運ぶ。すると、ポットからお湯が湧いたと甲高い合図がなってきたので、僕はそれをコップに入れて、インスタントのコーヒーを作る。僕は毎朝、朝食をちゃんととる派だ。コップになみなみと注がれたコーヒーをこぼさないように、慎重にテーブルまで運ぶと、テーブルの上に置きっぱなしになっていたリモコンをさっと取って、電源を入れる。適当なニュース番組にチャンネルを合わせると、僕は落ち着いた様子で椅子に腰を下ろした。ニュースはめざまし派?ZIP派?などと質問している同級生を見たことがあるが、何と無駄な質問だろうか。ニュース番組は社会情勢や、政治、天気予報などを伝える報道番組であって、娯楽を求めるところではない。何を見ようと、対して変わらないのだから、こだわる必要がないのだ。