「はははっ!」
テレビの画面の中からは、たくさんの人の笑い声が聞こえてくる。一人暮らしを始めて気付いたことが一つある。それは、笑いは共有する人がいるから生まれるのであって、一人で見ていても何も笑えないということだ。笑っても誰もいないんだと本能が理解しているかのように、一人きりになると、笑うという人間の機能は綺麗さっぱり欠落する。そうして、僕は真顔で、笑い声がこだまするテレビ画面を見つめていた。
「ごちそうさま。」
また、僕自身にしか聞こえないぐらいの声で挨拶をして、空になった食器を流しへ運ぶ。それからさっそく洗い物に取りかかる。冬場に冷たい水はかなり堪えるが、温かい水にはしない。少しでも電気代を節約するためだ。節約したいのなら、テレビも消せばいいのにと思うかもしれないが、一人きりの家に僕だけの音が響いていたら、現実を突きつけられているようで気が狂いそうになるのである。
洗い物を済ませると、綺麗になったテーブルの上にペンと手紙を置き、僕はゆっくりと腰を下ろした。さて、昨日の続きをしよう。僕は新しい手紙の一番上の行に、秋葉へと一画一画丁寧に書く。そこまではすんなり行くものの、本題を書こうとしたところで、やはり手が止まってしまう。大丈夫、今日は居眠りもしていないので、時間は充分にある。僕は一度ペンを置き、おもいっきりのびをする。すると、体をそりすぎた僕は後ろへ倒れそうになって、急いで元の体勢に戻る。
「ははっ。」
前言撤回、一人でも人は笑える。自分の馬鹿さ加減という点においてだけは。
ペンを置いてしばらく立ち、なかなかもう一度ペンを握る気になれない僕は、部屋の中になにかヒントはないかと、立ち上がり部屋をうろうろと見て回る。彼女から誕生日プレゼントとしてもらったマグカップや時計、記念日の日に、サプライズとしてくれたネックレスは、今となっては付けることなく、部屋の壁にかけられている。そういえば、このカーテンだって、彼女が選んでくれたんだっけ。見渡してみると、僕の部屋は彼女で埋め尽くされていた。そんな中、目に止まったのは一つのアルバム。それは、僕が大好きな小説が並ぶ本棚の一番隅に、まるで忘れ去られていたかのように一人ぼっちだった。黒と白のモノトーンで、シンプルな表紙をしたアルバム。僕はそれを手に取ると、一つページをめくった。最初のページにある写真は、大きな観覧車をバックに撮られた写真。おそらく、彼女と初めてデートをした時の写真だ。僕は、この観覧車の中で、彼女に告白をしたことをよく覚えている。今でも思い出すと、当時の動機がそっくりそのまま再現されて、僕の脈拍を自然と早まらせる。二ページ目には、水族館に行った時の写真、三ページ目には、一緒に海に行った時の、その後にも、始めて彼女が僕に作ってくれた手料理の写真、映画を見に行った時の、始めて僕の家に遊びに来た時の、そういった思い出の数々が、このアルバムにはおさめられていた。それを見て、改めて考える。僕らはなぜ別れてしまったのか。僕らは幸せだった。特に大げんかをした訳でもない。倦怠期だった訳でもない。このまま、当たり前のように続いていくと信じていた日常に、別れは突然やってきた。考えても、考えても答えは出ない。ただ一つわかることは、彼女には何か理由があったのではないかということだけだ。