僕には何度も決まって見る同じ夢がある。急激に近くなってくる地面、意識が遠のいて行く中で微かに聞こえる悲鳴。その夢はいつも、そのあたりで覚める。まるでコンピュータで設定されているかのように、今日もそこで目が覚めた。時計を見ると、時刻は日付けを少し回ったところだった。机の上には少ししわの入ってしまった紙が広がっている。どうやら僕は、彼女に手紙を書こうとして、結局何も思いつかずにそのまま眠ってしまったらしい。手紙の一行目にぽつりと「秋葉へ」とだけ書かれているのが、それを物語っていた。僕は乱雑に置かれていたペンを握り直し、もう一度考えはじめる。お久しぶり、はなんだか他人行儀な気がするし、元気にしてた?なんて軽々しく聞けるほど僕は図々しくはない。そもそも、僕は今更彼女に何を伝えたいのか。何を思って手紙を書くのか。根本的なところが不明瞭なまま、ペンを握ってしまったこと自体が間違っていたのではないのか。考え出すと、そんなどうでもいいことは浮かんでくるのに、真っ白な手紙には一文字目が書かれることはない。一つだけ言えるのは、これだけ迷うほど、僕は彼女に対して真剣だということ。興味のない相手なら、そもそも手紙を書こうとも思わなかっただろう。それから何度も、僕は自分の中で提案しては否定してを繰り返して、結局名前以外何も書かれることのなかった紙をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に捨てた。
「おはよー。将太。」
後ろから一条の元気そうな声が聞こえる。小学校から同じな彼とは、いつも登校を共にしている。
「...おはよ。」
昨日あれだけ悩んだあげく、なんの成果も得られなかった僕の気分は、あまり優れているとは言えなかった。
「なんだよ、元気ねーな。一日の始まりだぜ?元気出してこうぜ。」
僕は彼に昨晩の一部始終を話した。その事を僕はのちに後悔することになる。
「.......てなことでな、昨日は全然寝れなかったんだよ。」
全て話し終えて横を見ると、彼はお腹を抑えて必死に笑うのを堪えていたが、それも限界に来ていたようで、僕と目が合った瞬間、息を吐くように笑い出した。
「っはは!手紙?今時の高校生が?まじかよ!やるな、お前!」
それから学校に着くまでの間、僕はそれをネタに笑われ続けたのである。
不幸はそれだけにとどまらなかった。その日の昼休みのこと。彼は、廊下を歩く先生の名を呼んで、彼女を呼び止めた。丁度いい獲物を見つけたとでも言わんばかりの目をしながら。
「古川先生!」
華奢な体に、清楚で控えめな服装からは上品な雰囲気が溢れ出ている。その後ろ姿は、やはり古典には似合わない。
「一条くん。なに?」
振り向きざまに先生は柔らかい笑みを見せた。
「こいつ、好きな子に手紙なんか書いたらしいですよ!今どきありえなくないですか?」
僕の方を指さしながら、一条はまたもおれを笑いものにした。全身の血が頭部に集まって、熱くなっていくのがわかる。僕は恥ずかしがっていたのだ。
「あら!手紙?素敵じゃない。その子、絶対嬉しいと思うわ。」
共感を求めたかった一条の目論見は、先生の一言で完全に潰された。が、本当に恐れているのは、先生にまで馬鹿にされることではないのだ。彼女にだけは絶対に知られたくない理由がある。そしてそれは、一条に隠していることの一つでもあった。