カツカツとチョークの音が朝方の教室に響く。机に突っ伏して寝ている者、足元でこそこそと漫画を読んでいる者、他の教科の宿題をやっている者、窓際の一番後ろに位置する僕の席からは、そんな景色を一望することができた。そして、当の僕も、彼らと同じく、授業を聞いていない組の一人だ。
「えー、ここには公式を代入すると、簡単にxを求めることができます。」
頭の毛量が歳の割に明らかに少ない先生は、淡々と数学の授業を進める。まるで機械のように順序よく進められる授業は、人間味が薄く、もはやそこには教えるというニュアンスのものは微塵も感じられることができなかった。はぁ。僕は大きくため息をつく。
「桐生、この問題答えてみろ。」
あからさまに面倒そうな態度が気に食わなかったのか、彼は僕の名前を指してそう言った。僕は返事もせず立ち上がると黒板の前まで堂々と歩いて行き、式の下にすらすらと答えを書いて見せた。もちろん、文句無しの正解だ。先生の納得できない顔を横目に、僕は来た道をたどって席に戻る。なにも、僕が賢いわけではないのだ。世間一般で言えば、僕のレベルは良くても中の上と言ったところだろう。単にこの高校のレベルが少し低いというだけなのだ。
「十分時間をとる。次の練習問題、できるところまで解いてくれ。」
先生に指定された練習問題は、僕は暇な時間にやっておいたので既に終わっている。することがなくなって、暇になった僕はふと、窓の外を見る。冬の乾いた風が、草木を揺らしている。校庭では、一年生を示した青い色の体操服が、列になって走っている。冬の伝統とも言える持久走だ。その何百メートル先にある六回建てのマンションに僕は目が止まった。いや、目が止まったと言うのには語弊がある。僕はここ最近、外を見る時にはその建物を目的としているのだ。彼女は今、何をしているだろうか。僕は外を見ながら、考えてみる。彼女とは、半年前、僕を振った結城秋葉のことである。ここから見える六回建てのマンションの五階が、彼女の家だ。半年も前のことだ、もう吹っ切ったと言いたいところだが、暇さえあれば外を見ている限り、僕にはまだ未練があるのだろう。あれ以来、彼女と連絡は取っていない。半年前のあの日、三年記念日を二日後に控えた夜、僕は彼女から突然別れを告げられた。だが、女々しく別れを拒むのは、みっともないと思った僕は、素直に彼女の決断に応じた。それからは、繋がりがあると戻りたくなってしまうと思ったので、LINEもブロックし、Twitterのフォローも外した。僕らにはもう、繋がりはない。