「琴音」

「ビクッ」

呼ばれた声におそるおそる顔を上げると、眉を潜めた季龍さんが席についたままこちらを見ていた。

奏多さんの服をつかむ手に力が入る。

じっと見つめ合うこと数秒間。季龍さんの来いと言う言葉に私の敗北が決定。

流石に主に逆らう勇気はございません。

奏多さんに背を押され、おずおずと奥へ進む。視線が突き刺さるたびに萎縮しながら季龍さんの座る席にたどり着くと、手を引っ張られて隣の席に着席。

なるべく通路側に寄って、季龍さんと距離を取る。狭さを感じさせないように、あと寝たときに季龍さんの肩を枕にしてしまわないように。

身を縮ませて大人しく座る。

「森末、出して~」

「はい」

伸洋さんの合図で動き出すバス。

談笑する声がちょこちょこ聞こえてくる。チラッと季龍さんの様子を見ると、わずかなカーテンの隙間から外を眺めていた。