「それが現実になる前に、事故のときに、はっきりわかってよかったじゃない。
……彼は、わたしが事故だって言っても信じてくれないぐらい、わたしのことなんてどうでもよかったんだから」
「……莉胡」
「……好きよ。だいすきよ。
だけど、惨めに縋ってまで、また彼女にしてほしいだなんて思わないもの」
彼の隣で笑顔でいるために、努力してきた。
積み上げた長年の想いを本人に破壊されることほどつらいものはないけれど、もう、その努力をする相手も存在しない。
「三朝家 十色(みささか といろ)の人生に、
わたしは必要なかった。……それだけよ」
彼とおそろいで、いつだって「綺麗だね」って口づけてくれた黒髪。
もうすぐ別れて半年が経つ。……冬は幻想だったかのようにあっけなく姿を消して、季節は夏に変わる。
いっそのこと、髪を染めてみようか。
「……十色さんは、莉胡のこと大事にしてたよ。
だから、俺が納得いかない。事故を浮気だって片付けたあの人の考え方が」
「ねえ、千瀬。
……それってただ単に、自分が月霞(げっか)から追放されたことに納得してないだけなんでしょう?」
「……ちがうよ」
「違わない。だって張本人のわたしが必要ないって言ってるんだもの。
わたしの人生にももう、十色は必要ない。……わかってるでしょ?」
三朝家 十色。
その男は、関東で名の知れた男だ。──関東の東を拠点に活動する、巨大組織、「月霞」。
暴走族として今もなお活動を続ける月霞の6代目総長という肩書きを持っている彼は、わたし、夏川 莉胡(なつかわ りこ)の元彼。
付き合っていたときには月霞にもよく訪れていたし、下っ端の人たちも「姫」とわたしのことを慕ってくれていた。
……なのに、わたしは。
「……ねえ、千瀬。
最近、ちょっと女の子と遊びすぎじゃない?」