「もう夏じゃないんだから、髪ぐらい乾かしてきなよ」



風邪ひくよ、と部屋に入るとベッドに座る俺の前に、床にぺたんと座る莉胡。

その手にはなぜか俺の家のドライヤーがあって、どうせここに来る前に下から借りてきたんだろう。



「千瀬に乾かしてもらおうと思って」



「……付き合ってからやけに甘えてくんね」



冷たくされるよりも、扱いが変わらないよりも、いいんだけど。

あんまり執着しないタイプなのかと思っていたから、ただ純粋に甘えてくるのは意外だった。



「千瀬が、ずっと好きでいてくれた分……

たとえ一生追いつけないとしても、ちょっとでも追いつきたいの」



そんな風に言われたら、拒めるわけがない。

ドライヤーを受け取ってコンセントにプラグを差し込み、背中を向けた莉胡の名前を呼ぶ。うん?と振り返ったそのくちびるに、キスをひとつ。




「……もう」



拗ねてるけど若干赤いその顔も、かわいくて好きだと言えば。

莉胡に甘すぎると文句を言われるんだから、どうしようもない。



そんな表情を見せられてこのまま手放すのも名残惜しくて、もう一度くちづけてから微笑む。

さっきよりも顔を赤くした莉胡にもっと求めさせたいところだけど、あんまりやると本気で拗ねてしまうから。



「乾かすよ」と濡れたままの髪に触れる。

あっさりこれを受け入れているのも、週に1度は必ず莉胡が「乾かして」と甘えに来るからだ。



ドライヤーの騒音の中じゃ、お互いの言葉は聞こえない。

だから沈黙が続くけど、莉胡とふたりならその沈黙すら心地いい。



「莉胡シャンプー変えたの?」



一度温風を離して、莉胡がドライヤーと一緒に持ってきた櫛で髪を梳く。

さらりと流れる髪が莉胡の肩を流れて、横顔にすこしの影をつくった。