「ほとんどは口を割らなかったが。
……口を開いたほんの一部の人間は、『月霞の姫』だと」
常に俺が一緒にいた分、莉胡自身は知らない情報もいくつかある。
そして三朝家 十色の彼女の名前は知らなくとも、傘下の人間は、顔を知ってる。──莉胡が東西にかかわらずひとりで歩いているのを見かけたら、十色さんに連絡がいくように。
名前までもを教えてしまえば莉胡の情報が漏れる。
それを避けるため、あの人は傘下の人間に莉胡の顔写真を回していた。
もちろんあの頃は俺か十色さんが常に彼女と一緒だった。
だからもちろん連絡は入ることもなかったし、月霞の姫の存在を知っている人間も多少は減った。──だがしかし、莉胡ははっきり言って綺麗な顔をしてる。
印象に残るその顔を、いまだに覚えてる人間だって、少なくはない。
家が西にあることや、莉胡が西を拠点にしていることは、傘下の人間に連絡されてないんだろう。
「……千瀬。
──お前と莉胡は、東の人間だろ」
シンと静まった部屋の中。
だけどそれを痛いと思わないのは、俺がこの状況をなぜかひどく楽しんでいるせいなのか。
「だったら、どうする?
……春は、莉胡と別れんの?」
──たった一度きりの、賭けだ。
春がこれに対して返す返事によって、俺も言葉を変える。春が莉胡を必要としないなら、俺らは東も西も関係ない。
俺の世界はいつだって、莉胡が中心。
だからこれで莉胡が解放されるなら、俺は東とも西とも手を組まない。──あのときみたいに幼なじみを慰めてやるだけでいいんだから。
じりじりと、焦燥感が部屋に走る。
この場で焦っているのは、春か。──それとも、俺なのか。
「はっ、別れるかよ」
どこか吐き捨てるように発せられたその言葉に、ふっと口角を上げた。
……それでいい。今、莉胡を傷つけることなく守ってやれるのは間違いなく、春だけなんだから。
「……わざとらしく煽ってごめん。
俺も莉胡もたしかに東の人間。──だけどそれは半年前に終わったことだから」