上り下りする人でごった返すバスターミナルに降りる階段を避けて通り過ぎると、途端に人気が少なくなった。



(こっちに走ってきたの、間違いだったな…)



人混みを避けたことで身を隠す術もなくなってしまった。

走りやすくもなったものの、それは追ってくる先生にとっても同じで。



必死に駆けるけれども、空中庭園まで来たところで後ろから腕を掴まれてしまう。



「南条!」



先生にぐいと右の手を引かれ、已む無く足を止める。



「はぁ…はぁ…」

私は俯いたまま肩で息をする。

息が上がって苦しいだけじゃなくて、込み上げてくるような胸苦しさ。



手袋を外していてすっかりかじかんでしまった私の手を掴む先生の掌があったかくて。

その温かさに溶かされて小さくなった氷をうっかり飲み込んでしまったみたいに、胸の奥で何かがきゅっと詰まったように苦しかった。



それをゆっくり溶かすように時間をかけてようやく呼吸が整うと、待っていたように先生が静かに言った。



「南条…ごめん。」



「……」




上気した頬を冷たい空気が撫でる。



『ごめん。』なんて、その言葉の意味は…?



「それは…『好きでもないのにキスしてごめん』、って意味?」



「…!違っ…」



「じゃなかったら、なかったことにしてくれって意味?」



「そうじゃない!」



そんな言い方ではますます先生が遠ざかってしまうのに、一度溢れ出した言葉はまるで流水のように塞き止めることが出来なくなる。