紙とインクの臭い。

それと独特の張り詰めた空気。



日曜日の塾の自習室。

時刻は間もなく午後7時を刻もうとしている。



「舞奈。」



隣の席から清瀬くんが小声で呼び掛ける。



「7時だけどどうする?」

「あ、そうだね。そろそろ終わる?」

「あぁ、腹減った。飯行こうぜ。」

「じゃちょっと待って。今やってるとこ終わったら。」

「んー。」



昼過ぎから清瀬くんとここで勉強していた。

静かで平和な時間。



でも、ふとした瞬間に、今日も何度となく気持ちが揺らいだ。



ただ問題を解くことに没頭している間はいい。

でも解らないところに突き当たってしまった時、ふと気付いてしまう。



ここに、私の傍に、先生がいないということに─



あの夕間暮れの英語準備室で過ごす先生との時間。

それはやっぱり私にとって幸福で何物にも代えられないものだったと、失ってみて身に染みる。

どんなにかあの時間が私にとって大切なもので、私が私たるために必要なものだったかを思い知らされる。



とは言っても、今先生に逢うことは自信がない。

きっとこの身体中の全てが、先生が好きだと叫び出してしまう。



いつか先生への想いが恋ではなくて敬意や謝意だけになった時、またあのかけがえのない時間に身を置くことが出来るのだろうか。

何も説明もなく先生を避けてしまった私を、その時先生はまた受け入れてくれるだろうか。