『今日放課後、準備室に来るように。』
夜璃子に預かった手紙にそっと貼った付箋。
そんな言葉で君を呼び出し、茜色に染まる準備室で君の腕を取り、耳元に囁く。
君が照れるのを分かっていて敢えて背中越しに勉強を教えたり、意味深な台詞を口にしてみたり。
夜璃子が『初恋』と言うのも頷ける。
俺から女の子にアプローチを掛けるという経験は実は初めてで。
それも歳下の、しかも生徒。
どうしたら君に気付いてもらえる?興味持ってもらえる?
みっともないくらい余裕なんかなくて…
でもそれでも。
君と過ごす準備室の夕映えの時間はとても幸せで、何物にも代えがたいと思っていた。
はずなのに…
いざその想いが君に伝わったとたん怖じ気づいた。
『先生私のこと…
好きですか…?』
その問いにもっと相応しい応えがあったはずなのに、俺の応えは…
『当たり前だろ。
教え子好きじゃない教師とかダメでしょ?』─
いっそのこと初めから真っ直ぐな気持ちで君に向き合っていれば良かったんだ。
そうしたら君を他の誰かに奪われなくて済んだかもしれなかったのだから。
(何やってんの、俺…)
おずおずと空を仰ぎ見る。
すっかり葉の落ちた欅の枝々の隙間から冬の月が冷ややかに俺を見下ろすのが見えた。
* * *