「せーんせ。」

英語準備室のドアから顔を出す。



「おう。」

先生が甘い笑顔で応えてくれる。



当たり前のように準備室に入り、いつもの席に座る。



「ちょっと待って。ここだけ終わらすから。」

パソコンに向かって後ろを向いたまま先生は言う。

先生の栗色の髪に照明が映り込んでいるのを頬杖を突いて見つめていた。



『止めとけよ、お前のこと好きだって言えない奴なんて。』

清瀬くんの言葉が頭の片隅を掠める。



(…無理だよ。)



「お待たせ。で、今日はどこだ?」

「あのね、これ。今日は赤本。」

取り出したのは一流私大の赤本。



「なんでこんな難しいとこのやってんの?」

「う…うん…」

だって難しい方がいっぱい先生との時間を取れるもん…



「まぁいっか。」

先生は隣に座っていつものように丁寧にその難問を教えてくれる。

穏やかな時間。

先生の温もりを直ぐ近くに感じられる、大好きな時間。



でも─



『止めとけよ、お前のこと好きだって言えない奴なんて。』



不意に脳裏を閃く言葉が心に陰を落とす。

その陰は暗雲のように幸せな気持ちを少しずつ覆い尽くしてゆく。