「先生…?」



マフラーに顔を埋め、その香りにふと物思いに耽ってしまった俺は、背中に呼び掛けられてはっとする。



「あ…ごめん。ぼーっとしてた。」

不思議そうに見つめる南条に慌てて微笑む。

「帰ろうか。」



部屋の電気を消して廊下に出る。

ふたりで夕暮れの廊下を歩く時、年甲斐もなく心が躍る。



「先生、具合でも悪かった?大丈夫?」

南条が顔を覗き込む。

その綺麗な瞳にドキリとする。



(あんまり大丈夫じゃ、ないけどな。)



大丈夫じゃないと言ったら君は困るだろうか?

本当の気持ちを言ってしまったら君は困るだろうか?



だって今の俺はあの夏の日以上に君のことが─




「大丈夫。何でもないよ。」



君に嘘を吐く。



君は気付いているだろうか?

どんなにか俺が君を想っているかということを。



生徒としてとか、妹としてとか、そんな枠じゃ飽きたらないくらい俺が欲張りになってしまっていることを。