「先生ごめんなさい、急に兄が…」
「良いお兄さんだね。」
私が謝ると先生は硝子扉の向こうの兄の後ろ姿を見送りながら言った。
「羨ましいな。」
「?」
「お兄さん。
南条のこと何でも知ってるんだな、って思って。」
「え…あっ、あぁ、確かに兄妹仲は良い方だと思うけど。
でもなんでもは知らないよ?」
狭い階段をトレーを手にした先生が先に、その後ろに付いて私が上る。
「そんなことないよ。
お兄さんは南条が生まれた時からずっと南条のこと知ってるわけでしょ?
好きなものとか、一緒に過ごした思い出とか。
俺の知らない南条の歴史を知ってるんだから。」
(先生?)
「先生だって…
妹だって言ってくれるじゃん…私のこと…」
「……」
先生が不意に口をつぐむ。
そして何か考え込むように鳶色の瞳が揺れる。
「なぁ。」
「ん?」
「『妹』っての、やめてもいいか?」
「えっ?」
(どういう、意味…?)
先生の言葉の真意を測りかねて、何と返して良いか分からなくなる。
「やっぱ俺…
お前の兄貴にはなれない。」
(!?)