「…かつてそういう子がいました。」
その空気を割るように、二人とは対照的にか細い声で言ったのは母だった。
「お母さん…?」
「まだ私が20代の頃です。
画家を目指していた元気な明るい子でした。
私なりにその子の後押しをして、なんとかご両親を安心させるよう話もしに行きました。
でもとうとう説得することは出来なかったのです。」
先生も私も、そして父も母の話に聞き入った。
「結局彼はご両親の勧める学校に上がりました。
でも、数年後たまたま会った時にはすっかり痩せて人が変わったように大人しくて、かつての輝きもなくなっていて…
結局学校も辞めてしまったようでした。
それにもう、絵も描いていないと言っていました。」
「……」
「舞奈には幸せになって欲しい。無駄な苦労はさせたくない。
でも毎日をキラキラと生きて欲しい。
何年も何年も沢山の若者たちの旅立つ様を見てきましたが未だに分からないのです。
我が子のことになると盲目になってしまうのですね。
ねぇ、あなた?」
母が父を見る。
父は黙って唇を噛んだ。