落ちてしまいそうだった。
「あの、わたし…っ、」
鼻をスンスンと鳴らして、涙が睫毛を濡らすのを感じながらわたしはやっと小さく言葉を紡ぎ出せた。しかし紡ぎ出せた言葉はそれだけで、なんの意味も持たなかった。
『無理に話さなくていいよ。紺ちゃん、だっけ?絵本は後で渡すから少し俺に付き合って。』
そう言った新山豊はわたしの言葉を待たずに、わたしの手をふわりと優しく握り大っきなコートをわたしに着せて歩き出していた。わたしは気付く、わたしが求めていたのは書店でもカフェでもなくこんな人の暖かさだったし、こんな優しい言葉だったのだと。

今朝恋人はわたしに言っていた。毎回泣かれても困る、もう鍵は返すと。怒りにまかせて殴った壁には穴が開いて、二人で長崎で撮って飾った写真立ては割れてしまっていた。彼が寝室に戻り、誰もいなくなった部屋でわたしは割れた写真立てを拾い集めてしとしと泣いて咄嗟に外に出てきたのだった。
彼とは違う男の人の体温を手で感じ、初対面の人にどこかに連れて行かれているのに不思議と怖さはなく、わたしは自分が嫌な女に成り下がったのを感じながらも、鬱に傾いていた心が解れていくのが分かった。ざらざらとしたわたしの心がまあるい輪郭の心に戻ることを感じながら、わたしは涙を静かに流していた。

途中でコンビニエンスストアで暖かなコーヒーを2つ頼んだその人は、わたしに1つ渡してまた手を握り歩を進めていった。

『ここ。』
15分ほど歩いただろうか。わたしの手を離し短くそう告げた。
そこは小さな丘になっている場所で、どうやら公園になっているようだった。街が一望できるその場所は、朝焼けに街が飲み込まれていてとても綺麗だった。
『俺の秘密の場所。近所の人しか知らないんだ。紺ちゃんになら教えてもいいかなあって。』
「どうして…」
どうして、あなたは初対面のわたしにそんなに優しいの。どうして、どうして、わたしの頭を疑問符が巡った。
『紺ちゃんね、昔の俺に似てる気がしたから。放っておけなかったから。』