「幸せすぎて怖いわ」
「また言ってる」
「この間テレビを見ていたら、良いことがあったら、悪いことが起こるって思うのは日本人だけなんだそうよ。欧米人は、良いことがあったら、さらに良いことがあるって思うんですって」
「へえ、お国柄かなあ」
「そうかもね」

私は、暗闇ばかりの中を生きてきた。
これからはいいことしか起こらないような気がする。ただ、そんな経験がないから怖いだけ。

「茜はさ、これからはずっと幸せなんだ。俺がずっと守るから」

そうだ、私には橘君がいる。向かうところ敵なしなのだ。
幸せが当たり前すぎて、感謝を忘れてしまっていた。いけないことだ。
挙式を無事に上げると、橘君は新婚旅行に行きたいと言ってきた。

「だって、いけないから沖縄にしたじゃない。いいわよ、十分」
「いや、親が邪魔だった」
「なんてことを言うの!」
「二人で行きたいの、俺は」

そう、橘君は、言い出したら聞かない。それはご両親も分かっているらしく、「病院は心配ない」と言って、二週間もの長い休みをもらい、新婚旅行に出かけた。

「絶対に私に支払わせて」
「なんで」
「結婚にかかったすべての費用を橘家で負担したから」
「俺、結構金持っているけど」
「多分、私の方が橘君よりも財産を持ってるわ」
「そうなの!?」

湯水のごとく使う親だった。
生活を切り詰め、自分の将来の為に、渡すお金とは別に貯金をして、更に、増やすように投資を勉強した。
そのかいあってか、極端に減ることもなく、むしろ順調に増えていた。
投資をしている分には手を付けていないが、定期は解約してたっぷりと手元にある。
そのお金を使いたいのだ。
生きるためだけに貯めていたお金。
それを、有意義なことに使えるのだから、これ以上のことはない。

「結婚したら、私に経理は任せて。赤字にもさせないし、橘 光星の財産も増やして見せるから」
「うそ……」
「私は、女ディーラーよ」

なんて冗談を言えるまでになった。
橘君は私の意見を取り入れて、旅行代を全て私が支払い、その旅行中にかかるもろもろの費用は、家計費から出すことに決めた。
ヨーロッパをゆっくりと回り、橘君と私は、参考にと、動物病院も見て回った。

何もかもが満たされていた私は、全く欲しいものがなく、かわいいと思ってみる物も、買いたいと言う購買意欲までにはいかなかった。
帰国した時には、持って行ったトランク以上に荷物が増えることもなく、身軽で軽快に帰ることが出来た。
その代わり、撮った写真は沢山あって、データを整理するのに大変な時間がかかった。