潤んだ瞳は、今にも泣き出しそうな顔をして、俺の顔をゆっくりととらえた。


彼女のもとにゆっくりと歩み寄り、そっと彼女を抱きすくめた。

胸の中に埋めると、瞬く間にぽろりと涙を零しはじめる。

……強がるなよ、泣きたいときは、声なんか押し殺さずに、思いっきり泣けばいいだろう。

ひとり沈んだ顔をして抱え込むなら、俺を好きに呼びつければいいし、俺はその涙をそっと拭ってやるから。


心まであたためるように、熱いシャワーを浴びさせて、身体をあたためて、狭いシングルベットで身体を寄せあう。

「急に来るから、びっくりした。来るなら言ってよ」

そう言う彼女の顔は、少しすっきりしたように明るくて、へへっと照れくさそうにはにかんだ。

「知るかよ、お前の都合なんて」

憎まれ口を叩くと、彼女にしては珍しく、甘えるように俺にすり寄ってきた。

そんな彼女をゆっくりと抱き締め返してやると、彼女は安心したように、そっと息を漏らした。

「……少し、仕事で大きなミスをしたの。」

「………少しなのか、大きいのか、わからない。」

「ふふ、うん…。でも、もうだいじょーぶ。」

穏やかに微笑んで、俺の胸に頬を寄せる彼女に、そっとキスを落とす。

「俺は、アイス買って持ってきただけだから。」

「アイス……?」

「冷凍庫に入れといた。イチゴとバニラ……どっち?」

「いちご」

「うん、明日起きたら食べよう」

彼女の沈んだ声を聞いて、駆けつけてきたなんてことは、言わない。

いつも自分を強く、しっかりと見せようとしている彼女を知っているから。


そっと優しく彼女の頭を撫で、耳元でそっと囁く。

「おやすみ」

今日はもうゆっくり休もう。

明日の朝、アイスを頬張る彼女のまぶしい笑顔をはやく見たいから。



僕を見つめる彼女の瞳が、少し怒りを含んで、だけど、悲しそうに揺れている。

どうしたの?って、聞いてしまえば、彼女はきっと、そのわけを教えてくれるだろう。

だけど、大切な彼女の感情をくみ取ってあげることのできない自分が情けなくて、気遣ってあげることのできない自分に嫌気がさしてしまって……

僕は、どうしたら、君に見合う男のなれるのだろうか。


「……私のこと好きじゃなくなったら、そう言ってほしい。」

「え……?」

「他に好きな人ができなのなら、はっきりそう言って、フッてほしい。お願い……」

瞳を涙でいっぱいにした彼女の口から紡がれた言葉は、予想もしないものだった。


「どういうこと?僕は別れるつもりなんて……」

はっきりフッてほしいだなんて、涙ながらに懇願されるとは思わない。

だいたい、どうして別れ話なんかになるんだ。


「僕は……他に好きな人なんていないし、どうして。」

彼女の疑問しか投げかけることができない僕。

薄々、自分でもわかってはいるんだ。

僕のこういう、子どもなところが、彼女に負担をかけてしまっているって。


僕は彼女のことが好きで、大切で、これからも一緒にいたいって思っているのに……

きっと、彼女にはこの想い、伝わってなどいないのだろう。



「最近、ずっと、メールを気にしているじゃない」

「え?」

「知ってるの、相手が女の人だって。私よりもその人のことが、好きなんでしょう?」


メール……って何のこと?

一瞬、考えて、ハッとする。

「違うよ、これは。たしかに相手は女の人だけど、君も知っているだろう、ほら…」

仕事でお世話になっている、彼女も顔なじみの女性であることを明かし、いまだ涙を浮かべる彼女に説明する。

「今度の企画、僕をメインにして進めてくれていて、デザインとかも、僕の意見を取り入れたいって言うから、それで…」

無駄にたくさん話すと、それがどうも言い訳くさく聞こえてしまうことはわかっている。

僕も、仕事で延々と言い訳を並べる同僚を咎めることが多々あるから。

それが嫌だとわかっているのに、それを、彼女にしてしまっていることが申し訳なくて、情けなくて。

僕は静かに、口を閉じた。


言い訳なんて、しない。

僕にやましい気持ちなど全くなかったとしても、彼女が嫌だと思ったら、それは彼女に対して悪いことをしてしまったことは確かだから。

僕は、どうしてこんなにも、子どもなのだろうか。

彼女のことをわかってあげたいと思うし、どうしたら大人な男の人になれるか、日々考えているのに。

理想に一歩も近づけない自分が歯がゆくて、悔しくて、つい、悔し涙が浮かんできてしまう。


「ふふっ」

「え……?」

彼女の小さな笑い声が聞こえ、顔を上げると、彼女は泣き笑いをしながらも、優しい眼差しを僕に向けていた。


「ごめんね、何もやましいことなんてなかったよね。」

どうして、急に彼女が納得してように微笑むのかわからなくて、困惑の表情を浮かべていると、彼女はそっと教えてくれた。

「ぜんぶ、私に向けてくれる言動でわかるよ。だから…ありがとう。」


彼女に必死になって、スマートな男になれない幼稚な僕を見て、彼女が安心してくれるのなら…

僕はこの子どものままでもいいや。


「お願いだから、笑っていてよ。」

「それはお互いさま、よ?」

ひとつ年上の彼女は、やっぱり、僕より大人だと思う。

でも、その笑顔が見られるのなら、僕は、僕のことなんてどうだっていい。

笑顔を見せてくれるなら、そのためなら…。




「それでね、その時、ワタシが言ってやったのよ」

「”おいオッサン、彼女嫌がってるじゃないか”って?」

「そうそーう、正解!よくわかるわね」

「あなたのことならなんでもわかるわよ、その光景が目に浮かぶもん」

ワタシの声色を真似る彼女だけど、その声色は可愛らしい。

「いざっていう時、急に男の人に化けるんだもん、みんな驚くわ」

朗らかにワタシを見つめて微笑む彼女。

そう、ワタシの……、オレの、彼女。


中性的な見た目をしているからか、母親の仕事の影響からか、物心がついた頃には、オレの周りに溢れるモノは、女性もののモノが多かった。

外に出れば女の子に勘違いされることなど日常茶飯事だったし、いちいち否定することも面倒だったし、いつからかオレは”ワタシ”を演じるようになった。

それが苦だとか、楽だとか、そんなように考えたことはなくて……オレの”普通”だった。


「そろそろ出ましょう、午後のアポに間に合わなくなってしまうわ」

「あら、もうそんな時間なの」

傍から見れば、オレと彼女は仲の良い女の子同士のお友達にも見えるだろう。

こう振る舞うようになってから、普段はオレは女性のような声色で話しているし、見た目だって彼女のしているそれとなんら変わらない。


「見て、ほら、あれが…」

「ああ、噂の……」

彼女と店を出れば、雑踏を歩く人々に後ろ指を指される。

「あれ、彼女なの?」

「ええー? ただの友達でしょ。だってカノジョ、若手社長といい感じって聞いたよ」

根も葉もない噂の数々。

いちいち相手にするのも面倒で、否定することをやめたら、どうもそれは全部、世間ではワタシの本当のことになってしまっているらしい。


「どうしたの? 間に合わなくなってしまうわ、こっちよ?」

数歩進んだ先で、彼女がオレを振り返り、待っている。

「ごめんなさい。少し、忘れ物したかと思って、ぼーっとしちゃったわ」

「忘れ物? 取りに戻る?」

「いいえ、ポケットのなかにあったから、大丈夫よ」

「そう」

何事もなかったように微笑むけれど、その表情は無理をしてつくっているものだ。


彼女から、久しぶりに飲みに行こうと誘われた。

そんなにお酒に強くないことを知っているから、珍しいことを言うな、なんて思いながら、付き合う。

最初は穏やかに何気ない話をしていた彼女だけれど、お酒が進むにつれて、その表情が曇るのがわかる。


「もう、帰ろう」

「嫌よ。まだ、飲み足りないもの」

「いいえ、もう十分飲んだでしょう。今日はもう終わりにするわよ」

「……やだ。」

いつもは聞き分けの良い彼女、アルコールのせいか、別に理由があるのか、ぐずる彼女を無理やり立ち上がらせ、オレは自宅へと連れ帰る。


「やだ。やだ、って言ってる」

「うん、わかってる」

ベッドに寝かせれば、起き上がり、傍らにあったクッションを思うがままにワタシに投げつけてくる。

「やだ」

「うん、知ってる…」

暗闇の中、怯むことなくグッと彼女との距離を縮めれば、しかめっ面をして泣いている顔が見える。

「嫌なの……」

「ごめんな、泣かせたいわけじゃない」

嫌だという彼女。その意味がワタシのせいだってことは、わかっている。

ワタシが女性として振る舞う限り、そばにいる彼女はいつも蔑ろにして見られてしまう。


「あなたが綺麗なだけじゃないってこと、私だけが、知っているのに。とやかく言われたくない」

ぞくりとした。それは彼女の見せる、オレへの独占欲だろうか。

「私だけが知っていればいい、それでいいのに……でも、私、あなたの彼女だって認められたいの」

「じゃあ、”オレ”になろうか?」

「ッ…!……それは、嫌。私だけが、知ってればいいじゃない」

「うん、そうだね。オレのことは、お前だけが見ててくれればいいよ。お前だけに、見てほしい」


オレの彼女は、たまに面倒くさい。

これが”女”って生き物なのだろう。ワタシとは決定的に異なる点。

オレのことを1人独占していたいと言うくせに、オレの彼女であると周りから認められたいと願う。


”ワタシ”と”オレ”を使い分けてる俺に、こんなこと言われたくないと思うけど。

俺はそっと、彼女にキスを落とした。

啄むように繰り返して、そっとわき腹をくすぐると、彼女が根をあげて、やめてと笑う。


「どうでもいいだろ、周りのことなんて」

彼女がきょとんと俺を見つめる。

「俺はお前の笑顔しかいらないから、笑え」

ふにょんと頬をつねると、彼女は泣き笑いを浮かべる。

「ぷっ、変な顔。」

彼女のグーパンをもろに腹に食らう。


ああ、そうやって、嫌なことがあったら、俺が笑い飛ばしてやるから、

君にはずっと、笑っていてほしい。

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