『こんばんは、神崎です。ID教えてくれてありがとう。フレンドに追加しました』



家に帰って、ベッドに倒れこんで、中原君の残酷な言葉が頭をぐるぐると回る中、私はシンプルな挨拶のメッセージを震える指先で打った。


SNSのIDを教えてくれた中原君への挨拶のメッセージ。


違和感がないように、切なさが伝わらないように、好きの気持ちも伝わらないように、泣いているのがバレないように。


何時間もメッセージを考えて、打っては消して打っては消してを繰り返し、やっとの思いで送ったのはなんてことのないただの挨拶。


「何時間もかかったから、遅くなっちゃった。中原君寝ちゃったかな……」


私がそう不安に思っていると、すぐに返信の通知音がなった。ベッドでごろごろとだらけていた私は、その音で跳ね起きた。


『こちらこそ、突然ごめん!今日はありがとう、これからよろしく』


返ってきたのは、挨拶に挨拶を返しただけの義務的な返事だった。でも、私はそれが中原君からのメッセージだと思うだけで胸がいっぱいになってしまった。


ああ、でも。


どれだけ胸をいっぱいにして、彼の一挙一動に喜んだとしても。


私は、彼に、中原君に、好きになってもらえるわけじゃない。


私のピンク色の枕には、ポタリと雫が落ちて、涙がシミを作る。


泣いても泣いても、泣き足りなくて、涙なんて枯れてくれなくて。この涙の数が、私の中原君への想いの数。


涙が止まる頃には、好きな人の恋を素直に応援できる心の綺麗な子になっていたらいいのに。



無理なのはわかっていたけれど、そう願わずにはいられなかった。


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目覚ましが鳴った。目はとっくに醒めてる。


でも、なんだかまぶたが開かない。



「おい起きろバカ」




いつもの夏樹の呆れた声が聞こえる。


でも、ごめん、聞こえてるけどどうしても起きられない。



「はーるーか」
「ごめん、今日休む……」


私はそう声を絞り出した。


「なんで?具合悪いの?」

夏樹が私の首に手を当てながらそう言った。

私は枕に顔を埋めてるから額を触って熱を確かめられないから首を触ったんだと思う。夏樹の手は冬のせいで少し冷たかった。


「ううん……行きたくない」


具合が悪いわけじゃない。ただ、体がだるくて起きられない。



私が行きたくないと言うと、夏樹は私の首に当てていた手を離した。


「……なんかあった?」


普段の声より少し低くて、優しい声で夏樹はそう聞いた。


「なんにもない」
「何も無かったらお前そうならないだろ」
「はは、学校自体サボったことなんて今まで一回も無かったしね……」


私が顔を見せず声だけ笑ってみせると、笑い声が弱々しすぎたのか、夏樹をさらに心配させてしまったようで。


「話せよ」
「大丈夫だから」
「お前の大丈夫は大丈夫じゃないんだよ」



そう言って、枕に顔を埋めたままの私の頭を夏樹が優しく撫でた。




なんでそんなに優しくしてくれるの。なんでそれが今なの。





「こっち見ろよ」



夏樹が私の上体を強引に起こした。私は仕方なく夏樹に顔を見せた。



「……泣いた?」
「やっぱり、腫れちゃったよね。まぶた重いと思ったの……」



昨日中原くんのことで泣きまくったばっかりに、まぶたがだいぶ腫れてしまったみたい。しかも泣いたせいで体までだるくて気分は最悪だ。



「え、なんで泣いたの?」


夏樹は泣き腫らした私の目を笑うんじゃなくて、うつむく私の顔を覗き込んで本当に心配そうに聞いてきた。



なんで泣いたの、なんて。
話したらまた涙が出てきそうだけど、私は堪えて、


「失恋」




って、一言だけ。





夏樹の唇が、少し動いた。



ちとせ、って。



そう動いたように私には見えた。




声は出ていなかったから、本当はなんて言ったのか知らなかったけど。





「……こんなんで休むなんて、バカだって思うでしょ」



夏樹は何も言わなかった。何も言わずに、壁にかかっている私の制服を私の顔に投げつけてきた。


「は!?」
「行こうぜ学校。というか今日土曜だから赤点組の補習だよ。お前単位どーすんだよ」
「……あ」



私はうっかりテストで解答欄をずらしてしまったのを思い出した。



そして、その補習は今日が最終日で、成績優秀な夏樹がわざわざ今週ずっと付き合ってくれてたのも思い出した。



「…………行く」
「メガネでもかけとけ」



夏樹はそう言って自分のカバンからメガネを出して私に渡してくれた。夏樹は目が悪いのに、私のまぶたの腫れを隠すためにメガネを貸してくれるその気遣いが素直にありがたかった。



夏樹に15分待ってもらって、私は急いで準備をして一緒に出発した。夏樹が早めにうちまで迎えに来てくれたおかげで遅刻はせずに済みそうだ。



夏樹は、私の失恋については何も言わなかった。


一緒に通学路を歩いていても、コンビニスイーツの新作がどうとか、学食のメニューが変わったとか、来週の時間割の変更とか、そんな他愛のない話しかしてこなかった。




あえて何も話さない夏樹の優しさと気遣いが、傷ついた心に沁みた気がした。





中原くんは赤点を取るタイプじゃないから補習の教室にはいなかったし、今日は講習にも来てないみたいだった。私はそれに少しホッとしていた。





つまらない補習は午前だけで終わる。午後は暇だなぁと思っていたら、夏樹が私を迎えに来た。




私は、このまま帰るのかと思った。

でも、補習が終わった私の前に現れた夏樹は手に何かを握っていた。



「夏樹、手に持ってるの何?」
「遊園地のチケット!お前の補習の間に買ってきた、今から行こうぜ」



「…………は?」




私は思わず口を開けた。間抜けな顔をしていると、夏樹が私の袖をつかんだ。



「ほら、ボーッとしてないで行こうぜ!」


私は、夏樹に引かれるまま、流されるまま、校舎を出て、校門を出て、寒い冬の空気の中を歩いた。


冷たくて澄んだ空気に、私の白い息が溶ける。


学校の最寄り駅から2駅の場所に遊園地がある。私と夏樹が小さい頃からよく来ている遊園地だ。



そうこうしてるうちに電車が来て、乗って、遊園地についてしまった。私は遊園地に着いた時にハッとして、夏樹の手を軽く振り払った。


「ちょっと、急になんなの!」
「それ聞くの今更じゃない?」


だって、さっきまで状況についていけなくて頭がぼーっとしちゃってたから。


「まぁ着いたんだから遊ぼうぜ」

夏樹が受付の人に2人分のチケットを出してしまう。


私はわけがわからなかったけど、夏樹がまた私の袖を引っ張ったから、なんだか引かれるまま遊園地に入ってしまった。



「まずジェットコースター乗るだろ、それから、お前の好きなメリーゴーランドも乗ろうぜ」
「ちょっと、いつの話してんの!」



メリーゴーランド乗ってたのなんて、せいぜい小学校までだ。高校生の私にそれを言った夏樹に、思わず吹き出してしまう。



「お前が乗らないなら、代わりに俺が乗るわ!」
「はっ!?」


夏樹はそう言ってメリーゴーランドに走っていく。私は慌てて後を追った。



夏樹はメリーゴーランドに着くや否や、小さい馬に座りだした。小さい白い馬にまたがって、メルヘンな音楽と一緒にくるくる回る夏樹。


あまりに似合わな過ぎて、私は声を出して笑ってしまう。


「ちょっと、さすがにきついよー!!」
「お前メリーゴーランドなめんなよ!楽しいから!」
「あははっ」


夏樹が本当に楽しそうに馬に乗ってるから、私は思わず何枚か写真を撮ってしまった。


というか、夏樹を見て笑っていたのは私だけじゃなかったけど。メリーゴーランドの近く歩いてる人みんな振り返ってるし。


少し恥ずかしいけど、楽しい。