リカは、中原君が戻ってきて二人になっても、中原君と仲良く話ができるってこと。
三人の中で私だけが、緊張のせいで中原君と話せなくて、未だに仲良くなれてない。きっと、中原君にも地味で暗い女だって思われてるんだろうなって考えると、少し悲しくなる。
生徒昇降口を出てすぐのところにある自動販売機に向かって歩いていると、私たちが目指す自販機の前に立っている生徒が一人。
なんだか、ジュースを選ぶのに相当悩んでいるみたい。
「あ、千歳!」
その生徒に向かって夏樹が明るく手を振った。
中原君だった。
「あ、夏樹!夏樹もジュース買いに来たの?」
「そう。幼なじみ様が奢ってくれるそうだから」
夏樹がちらりと私の方に視線を送ってきた。それに反応した中原君がにこりとして首をかしげた。
「お疲れ、神崎さん」
「お、おつかれ…」
普段のくしゃりとした笑顔ではなく、にこりとした綺麗な笑顔。少しさみしい気持ちはあったけれど、私は中原君が笑顔を向けてくれたってその事実だけで充分嬉しかった。
「神崎さん何飲むの?俺押すよ」
「あ、ありがと、でも」
私がたどたどしい言葉遣いで返事をする。恋愛経験がない私は、好きな人とこんな話をするだけでも緊張で体が固まってしまう。
「でも、中原君いま選んでたんじゃないの」
ようやくその言葉を言えた。やや挙動不審気味になってしまったけれど、ふわふわと髪を冬の冷たい風になびかせる中原君は、そんなこと気にしてないみたいだった。
「俺、優柔不断なんだよね。神崎さん先に決めていいよ」
「あ、ありがとう。じゃあ、ミルクティー」
「即決だね」
優しく笑って中原君はミルクティーのボタンを押してくれる。こん、と音がして、ミルクティーが出てくる。
「はい!」
「あ、ありがと…」
中原君は、指先が冷たくなってしまった手で私に温かいミルクティーを手渡してくれた。
ミルクティーを受け取った時、中原君の指先と私の指先が触れて、私の心臓が大きく跳ねた。
「ご、ごめん!!」
「え、なにが」
私の突然の謝罪に驚いた顔をする中原君。
そりゃそうだ、指先が触れたなんて。
意識してるのは私だけ。
恥ずかしさで顔が赤くなってしまい、私は少し俯いてしまった。
「俺はコーラ!」
そんな雰囲気を壊してくれたのは、横でそれを見ていた夏樹だった。
「え、コーラ?今日寒いけど?」
「おいほらはやく押せよ千歳!」
「はいはい……」
中原君は、夏樹に言われて笑いながらコーラの下のボタンを押した。こん、と音がしてコーラが落ちる。同時にコーラの下のボタンに『売り切れ』の赤いランプがついた。
「え、売り切れ?今冬なのにコーラが売り切れ?」
「この学校なぜかコーラ人気なんだよな〜」
夏樹がいつものことだとでも言いたげに笑った。中原君も驚いていたけど、それにつられて笑っていた。
うつむいたままなのは、私だけ。握ったミルクティーのボトルが、徐々に冷たい空気でぬるくなっていく。
「寒いし、早く教室戻ろうぜ。教室に高坂が一人で待ってるし」
「え、高坂さんが?じゃあ、急いで戻ろう」
夏樹の言葉に反応して、中原君が頷いた。二人が教室に戻る後を、私も小走りでついていく。
男の子二人は、歩くペースが早い。足が短い私は距離を開かれないようにするので精一杯だ。
体力のない私が早歩きに疲れて軽く息をあげていると、夏樹がふと振り返った。
「は、のろま」
そう笑って、夏樹は私の袖を引っ張った。手じゃなくて、袖を引っ張ったのは、廊下にいる生徒たちに変な噂を立てられないようにっていう夏樹の気遣い。
この幼なじみは、目立つのが苦手な私の性格をよくわかってくれてる。
中原君は、隣にいながら、そんな私にも夏樹にも気づいていないみたいだった。
三人で教室の扉を開くと、リカがパッと顔を上げてこちらを見た。
「おかえり。中原君も一緒だったんだね」
「ただいま、高坂さん」
中原君が、リカの言葉にくしゃりとした笑顔を返してそう言った。私はその笑顔を向けられているリカが羨ましくて、少し苦しくなった。
中原君は、誰にでも笑顔で優しい人だって知ってるのに、親友のリカに嫉妬するなんて最低だ。
そう考えて私は軽く首を振って、自分の席に座った。
「じゃあ、私お弁当食べようかな。リカ食べ終わっちゃった?」
「ううん、帰ってくるまで待ってようと思ってたから。夏樹君達も一緒に食べない?四人で机くっつけて食べようよ」
えっ、て。言っちゃった。明るくてフレンドリーなリカならではの提案に驚いたせい。
中原君と、一緒にお昼……?
そりゃ、もし一緒に食べられるなら、私は嬉しい。嬉しいけど、きっと緊張してうまくしゃべれなくなっちゃうし、ご飯だってうまく噛めないかもしれない。そんな私と一緒なんて、中原君嫌じゃないかな。
少し不安に思って私はチラリと上目遣いで中原君を見上げた。すると中原君もこちらに視線を送っていたみたいで、目が合ってしまう。
「えっと、俺は誘ってもらえて嬉しいけど。神崎さん、いい?」
そう言って綺麗な笑顔を作って首を軽くかしげる中原君。
ああ、もう、ダメなんて言うわけない。
私はこくりと頷いた。
.
.
昼休みが終わり、午後の授業が始まる。
でも、私はまだドキドキしたままだ。中原君と、好きな人と一緒にお昼を食べられるなんて、幸せ過ぎてバチが当たるんじゃないかな。
幸せ慣れしていない私は、こんな些細なことでも舞い上がって不安になってしまう。中原君も私と食べるのを不快に思ってなかったみたいだし、夏樹と話してよく笑ってたし。
すごく、楽しかったからリカに感謝だなぁ。そう思っていたら、さっきリカにくだらない嫉妬をしたのを思い出して自分が嫌になる。
結局今日の午後の授業は、お昼の幸せとモヤモヤを引きずって全く身が入らない結果に終わってしまった。まぁ、いつも授業なんて真面目に受けてないんだけど。
.
.
放課後、日直が置いて帰った日誌を職員室に届けるのが、掃除当番の私の今日最後の仕事だった。
生徒がみんな帰った、放課後の冷たく静まり返った廊下は、磨かれた窓ガラスから射し込む夕日で赤く染め上げられていた。
私は足を止めて、窓の外に視線を送った。
街並みの向こうに沈んでいく光が、私と校舎を赤く照らしている。その眩しさに、私は思わず目を細めた。
「綺麗…………」
私の口からそう言葉がこぼれた。
「そうだね」
すると、私のひとり言に反応する声が聞こえてきた。私は驚いてパッと声がした方を見る。
そこにいたのは、今日の日直だった中原君だった。
「神崎さん、掃除当番で残ってたの?俺も日直だから明日の準備で残ってたんだ」
夕日に照らされて、中原君の柔らかい質感の髪がオレンジ色の光を帯びてさらに柔らかそうに見える。彼の白い肌に夕日のオレンジ色の光が窓枠の影を作った。
「そう、なんだ」
私は中原君の話に、また挙動不審に言葉を返した。どうしてこうなんだろう、もっとハッキリ、明るく、笑顔で話すことができたらなぁ………そう、リカみたいに。
私がそう思っていると、中原君がやや控えめに言葉を続けた。
「あの、神崎さんに前から聞きたかったんだけど、聞いてもいいかな?」
「えっ、うん」
私に聞きたかったこと…?
私はドキドキする胸をそっとおさえて、中原君の次の言葉を待った。
「神崎さんって、俺のこと嫌いだったりする……?」
「へっ!?」
予想外の言葉。好きな人に『俺のこと嫌い?』って聞かれるなんて、誰が予想できるんだろう。驚きのあまり間抜けな声を出してしまい、私は思わず口を手で覆った。
「なんか、神崎さんいつも大人しいし、俺にはあんまり笑ってくれないから、俺のこと嫌いなのかと思ってて……」
「嫌いなわけない!!」
私は反射的にそう答えていた。私の声は静まり返った廊下には、必要以上に大きく響いた。
「本当に?」
私は不安そうにこちらを見て再確認してくる中原君に、何度も首を縦に振って見せた。
「嫌いなわけない、わ、私ずっと仲良くなりたいと、思ってて……」
私の言葉の最後は、恥ずかしさでもごもごと口の中で消えてしまった。それでも中原君は嬉しそうに笑ってくれた。
「本当!?めっちゃ嬉しい!」
そう言って、中原君が、くしゃりと笑った。
目尻にしわを作る、私の大好きな笑顔。私は嬉しくて胸が苦しくなってしまう。
「神崎さん、みんながサボりまくる掃除当番も日直もいつも真面目にやってたから、ずっといい子だなって思ってたんだ!今日俺日直真面目にやったんだけど、去年までの神崎さんを知らない俺ならサボってたし。神崎さんの影響だよ」
くしゃりと笑ったままの中原君の言葉に、私はまた胸が締め付けられた。
私みたいな、リカの陰に隠れた地味な女の子となんて、誰も見てくれてないと思ってた。誰も見てくれてなくても、自分の仕事はちゃんとやろうと思ってただけだった。
でも、見てくれてた。
私の好きな人が、誰も見てない私のことを唯一見てくれていたんだ。
私は嬉しくて嬉しくて、苦しかった。嬉しくてドキドキしすぎて、胸が締め付けられて、苦しくて、でもその苦しささえ嬉しくて。
恋をするって、こういうことなんだ。
嬉しくて楽しくて、苦しいけどそれも幸せで。
私は目の前の好きな人の笑顔を見て、そう強く思った。
「俺、そんな神崎さん見てたから、神崎さんのこと信用してるんだ」
少し声を落としてそう言う中原君。さっきまでとは違って、急に真面目な雰囲気になり、私にもまた緊張が伝わる。
でも、この緊張は私のものじゃなくて、中原君から伝わってるものだって、心のどこかがわかっていた。
「それで、俺、神崎さんにお願いがあるんだ。神崎さんならきっと親身になってくれると思って」
「お願い……?」
中原君は、私が聞き返すと頷いて俯いた。俯き、少し考えたような仕草をしたけど、またすぐに顔を上げた。
でも、再び私と絡んだ視線は熱を持っていて、中原君の頬は赤く染まっていた。
私は見たことない中原君の表情に鼓動がどんどんと早くなるのを感じたけれど、無理やり平静を装って話に耳を傾けた。
でも、中原君の口から発された言葉は…………。
「俺、高坂さんのことが好きなんだ。だから、高坂さんの親友の神崎さんに、協力して欲しい」
そんな残酷な言葉だった。
一瞬、視界がぐらついた。
足元が揺れたのかと思ったけど、それは気のせいだった。
だけど、高鳴っていた鼓動は一瞬で止み、同時に頭の中も真っ白になってしまった。
「い、いま、なんて……」
唇をうまく動かせない。目の前にいる、さっきまで私に笑顔を向けていてくれていた、私の好きな人が、いま、私に、なんて言ったの?
真っ白になった頭の中に、再び好きな人の音声が流れ込んできた。
「高坂さんが好きだから、神崎さんに協力して欲しいんだ」
真っ白な頭の中には、その文字だけが浮かぶように残った。消えてもくれないし、出て行ってもくれないし、その言葉は頭にずっと残ってぐるぐると頭の中を回る。
「どうして私に……?」
何かがこみ上げてきたけれど、私はそれをぐっと堪えてそう聞いた。すると中原君は、
「神崎さんは高坂さんの親友だし、優しくて真面目な人だと思うから神崎さんなら信用できると思って」
と、照れ臭そうに笑って言う。
三人の中で私だけが、緊張のせいで中原君と話せなくて、未だに仲良くなれてない。きっと、中原君にも地味で暗い女だって思われてるんだろうなって考えると、少し悲しくなる。
生徒昇降口を出てすぐのところにある自動販売機に向かって歩いていると、私たちが目指す自販機の前に立っている生徒が一人。
なんだか、ジュースを選ぶのに相当悩んでいるみたい。
「あ、千歳!」
その生徒に向かって夏樹が明るく手を振った。
中原君だった。
「あ、夏樹!夏樹もジュース買いに来たの?」
「そう。幼なじみ様が奢ってくれるそうだから」
夏樹がちらりと私の方に視線を送ってきた。それに反応した中原君がにこりとして首をかしげた。
「お疲れ、神崎さん」
「お、おつかれ…」
普段のくしゃりとした笑顔ではなく、にこりとした綺麗な笑顔。少しさみしい気持ちはあったけれど、私は中原君が笑顔を向けてくれたってその事実だけで充分嬉しかった。
「神崎さん何飲むの?俺押すよ」
「あ、ありがと、でも」
私がたどたどしい言葉遣いで返事をする。恋愛経験がない私は、好きな人とこんな話をするだけでも緊張で体が固まってしまう。
「でも、中原君いま選んでたんじゃないの」
ようやくその言葉を言えた。やや挙動不審気味になってしまったけれど、ふわふわと髪を冬の冷たい風になびかせる中原君は、そんなこと気にしてないみたいだった。
「俺、優柔不断なんだよね。神崎さん先に決めていいよ」
「あ、ありがとう。じゃあ、ミルクティー」
「即決だね」
優しく笑って中原君はミルクティーのボタンを押してくれる。こん、と音がして、ミルクティーが出てくる。
「はい!」
「あ、ありがと…」
中原君は、指先が冷たくなってしまった手で私に温かいミルクティーを手渡してくれた。
ミルクティーを受け取った時、中原君の指先と私の指先が触れて、私の心臓が大きく跳ねた。
「ご、ごめん!!」
「え、なにが」
私の突然の謝罪に驚いた顔をする中原君。
そりゃそうだ、指先が触れたなんて。
意識してるのは私だけ。
恥ずかしさで顔が赤くなってしまい、私は少し俯いてしまった。
「俺はコーラ!」
そんな雰囲気を壊してくれたのは、横でそれを見ていた夏樹だった。
「え、コーラ?今日寒いけど?」
「おいほらはやく押せよ千歳!」
「はいはい……」
中原君は、夏樹に言われて笑いながらコーラの下のボタンを押した。こん、と音がしてコーラが落ちる。同時にコーラの下のボタンに『売り切れ』の赤いランプがついた。
「え、売り切れ?今冬なのにコーラが売り切れ?」
「この学校なぜかコーラ人気なんだよな〜」
夏樹がいつものことだとでも言いたげに笑った。中原君も驚いていたけど、それにつられて笑っていた。
うつむいたままなのは、私だけ。握ったミルクティーのボトルが、徐々に冷たい空気でぬるくなっていく。
「寒いし、早く教室戻ろうぜ。教室に高坂が一人で待ってるし」
「え、高坂さんが?じゃあ、急いで戻ろう」
夏樹の言葉に反応して、中原君が頷いた。二人が教室に戻る後を、私も小走りでついていく。
男の子二人は、歩くペースが早い。足が短い私は距離を開かれないようにするので精一杯だ。
体力のない私が早歩きに疲れて軽く息をあげていると、夏樹がふと振り返った。
「は、のろま」
そう笑って、夏樹は私の袖を引っ張った。手じゃなくて、袖を引っ張ったのは、廊下にいる生徒たちに変な噂を立てられないようにっていう夏樹の気遣い。
この幼なじみは、目立つのが苦手な私の性格をよくわかってくれてる。
中原君は、隣にいながら、そんな私にも夏樹にも気づいていないみたいだった。
三人で教室の扉を開くと、リカがパッと顔を上げてこちらを見た。
「おかえり。中原君も一緒だったんだね」
「ただいま、高坂さん」
中原君が、リカの言葉にくしゃりとした笑顔を返してそう言った。私はその笑顔を向けられているリカが羨ましくて、少し苦しくなった。
中原君は、誰にでも笑顔で優しい人だって知ってるのに、親友のリカに嫉妬するなんて最低だ。
そう考えて私は軽く首を振って、自分の席に座った。
「じゃあ、私お弁当食べようかな。リカ食べ終わっちゃった?」
「ううん、帰ってくるまで待ってようと思ってたから。夏樹君達も一緒に食べない?四人で机くっつけて食べようよ」
えっ、て。言っちゃった。明るくてフレンドリーなリカならではの提案に驚いたせい。
中原君と、一緒にお昼……?
そりゃ、もし一緒に食べられるなら、私は嬉しい。嬉しいけど、きっと緊張してうまくしゃべれなくなっちゃうし、ご飯だってうまく噛めないかもしれない。そんな私と一緒なんて、中原君嫌じゃないかな。
少し不安に思って私はチラリと上目遣いで中原君を見上げた。すると中原君もこちらに視線を送っていたみたいで、目が合ってしまう。
「えっと、俺は誘ってもらえて嬉しいけど。神崎さん、いい?」
そう言って綺麗な笑顔を作って首を軽くかしげる中原君。
ああ、もう、ダメなんて言うわけない。
私はこくりと頷いた。
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昼休みが終わり、午後の授業が始まる。
でも、私はまだドキドキしたままだ。中原君と、好きな人と一緒にお昼を食べられるなんて、幸せ過ぎてバチが当たるんじゃないかな。
幸せ慣れしていない私は、こんな些細なことでも舞い上がって不安になってしまう。中原君も私と食べるのを不快に思ってなかったみたいだし、夏樹と話してよく笑ってたし。
すごく、楽しかったからリカに感謝だなぁ。そう思っていたら、さっきリカにくだらない嫉妬をしたのを思い出して自分が嫌になる。
結局今日の午後の授業は、お昼の幸せとモヤモヤを引きずって全く身が入らない結果に終わってしまった。まぁ、いつも授業なんて真面目に受けてないんだけど。
.
.
放課後、日直が置いて帰った日誌を職員室に届けるのが、掃除当番の私の今日最後の仕事だった。
生徒がみんな帰った、放課後の冷たく静まり返った廊下は、磨かれた窓ガラスから射し込む夕日で赤く染め上げられていた。
私は足を止めて、窓の外に視線を送った。
街並みの向こうに沈んでいく光が、私と校舎を赤く照らしている。その眩しさに、私は思わず目を細めた。
「綺麗…………」
私の口からそう言葉がこぼれた。
「そうだね」
すると、私のひとり言に反応する声が聞こえてきた。私は驚いてパッと声がした方を見る。
そこにいたのは、今日の日直だった中原君だった。
「神崎さん、掃除当番で残ってたの?俺も日直だから明日の準備で残ってたんだ」
夕日に照らされて、中原君の柔らかい質感の髪がオレンジ色の光を帯びてさらに柔らかそうに見える。彼の白い肌に夕日のオレンジ色の光が窓枠の影を作った。
「そう、なんだ」
私は中原君の話に、また挙動不審に言葉を返した。どうしてこうなんだろう、もっとハッキリ、明るく、笑顔で話すことができたらなぁ………そう、リカみたいに。
私がそう思っていると、中原君がやや控えめに言葉を続けた。
「あの、神崎さんに前から聞きたかったんだけど、聞いてもいいかな?」
「えっ、うん」
私に聞きたかったこと…?
私はドキドキする胸をそっとおさえて、中原君の次の言葉を待った。
「神崎さんって、俺のこと嫌いだったりする……?」
「へっ!?」
予想外の言葉。好きな人に『俺のこと嫌い?』って聞かれるなんて、誰が予想できるんだろう。驚きのあまり間抜けな声を出してしまい、私は思わず口を手で覆った。
「なんか、神崎さんいつも大人しいし、俺にはあんまり笑ってくれないから、俺のこと嫌いなのかと思ってて……」
「嫌いなわけない!!」
私は反射的にそう答えていた。私の声は静まり返った廊下には、必要以上に大きく響いた。
「本当に?」
私は不安そうにこちらを見て再確認してくる中原君に、何度も首を縦に振って見せた。
「嫌いなわけない、わ、私ずっと仲良くなりたいと、思ってて……」
私の言葉の最後は、恥ずかしさでもごもごと口の中で消えてしまった。それでも中原君は嬉しそうに笑ってくれた。
「本当!?めっちゃ嬉しい!」
そう言って、中原君が、くしゃりと笑った。
目尻にしわを作る、私の大好きな笑顔。私は嬉しくて胸が苦しくなってしまう。
「神崎さん、みんながサボりまくる掃除当番も日直もいつも真面目にやってたから、ずっといい子だなって思ってたんだ!今日俺日直真面目にやったんだけど、去年までの神崎さんを知らない俺ならサボってたし。神崎さんの影響だよ」
くしゃりと笑ったままの中原君の言葉に、私はまた胸が締め付けられた。
私みたいな、リカの陰に隠れた地味な女の子となんて、誰も見てくれてないと思ってた。誰も見てくれてなくても、自分の仕事はちゃんとやろうと思ってただけだった。
でも、見てくれてた。
私の好きな人が、誰も見てない私のことを唯一見てくれていたんだ。
私は嬉しくて嬉しくて、苦しかった。嬉しくてドキドキしすぎて、胸が締め付けられて、苦しくて、でもその苦しささえ嬉しくて。
恋をするって、こういうことなんだ。
嬉しくて楽しくて、苦しいけどそれも幸せで。
私は目の前の好きな人の笑顔を見て、そう強く思った。
「俺、そんな神崎さん見てたから、神崎さんのこと信用してるんだ」
少し声を落としてそう言う中原君。さっきまでとは違って、急に真面目な雰囲気になり、私にもまた緊張が伝わる。
でも、この緊張は私のものじゃなくて、中原君から伝わってるものだって、心のどこかがわかっていた。
「それで、俺、神崎さんにお願いがあるんだ。神崎さんならきっと親身になってくれると思って」
「お願い……?」
中原君は、私が聞き返すと頷いて俯いた。俯き、少し考えたような仕草をしたけど、またすぐに顔を上げた。
でも、再び私と絡んだ視線は熱を持っていて、中原君の頬は赤く染まっていた。
私は見たことない中原君の表情に鼓動がどんどんと早くなるのを感じたけれど、無理やり平静を装って話に耳を傾けた。
でも、中原君の口から発された言葉は…………。
「俺、高坂さんのことが好きなんだ。だから、高坂さんの親友の神崎さんに、協力して欲しい」
そんな残酷な言葉だった。
一瞬、視界がぐらついた。
足元が揺れたのかと思ったけど、それは気のせいだった。
だけど、高鳴っていた鼓動は一瞬で止み、同時に頭の中も真っ白になってしまった。
「い、いま、なんて……」
唇をうまく動かせない。目の前にいる、さっきまで私に笑顔を向けていてくれていた、私の好きな人が、いま、私に、なんて言ったの?
真っ白になった頭の中に、再び好きな人の音声が流れ込んできた。
「高坂さんが好きだから、神崎さんに協力して欲しいんだ」
真っ白な頭の中には、その文字だけが浮かぶように残った。消えてもくれないし、出て行ってもくれないし、その言葉は頭にずっと残ってぐるぐると頭の中を回る。
「どうして私に……?」
何かがこみ上げてきたけれど、私はそれをぐっと堪えてそう聞いた。すると中原君は、
「神崎さんは高坂さんの親友だし、優しくて真面目な人だと思うから神崎さんなら信用できると思って」
と、照れ臭そうに笑って言う。