今日は何事もなく穏やかに時間が過ぎていった。

午後の当番の人と交代をして、私と陽葵、今日は健ちゃんも一緒にお昼ご飯の買い出しに行く。

「今日は何を食べようかなぁ?萌香は何が食べたい?」

陽葵は校庭に出ている屋台をキョロキョロと見ながら歩く。

「うーん…何かなぁ?」

今日も昨日と一緒で、食欲があまり無いんだよね…。

失恋で食欲が無くなるなんて…自分はそんなヤワじゃないって思ってたんだけどな。

「…あのさ…、俺、パン買ってきてるんだわ。」

少し言いにくそうにツンツン頭をポリポリと掻きながら話した健ちゃん。

「そ、じゃぁ、健ちゃんはどこか空いてるベンチ探してて。私と萌香は何か買って来るよ。」

そう言って、陽葵が私の手を取って歩き出そうとしたら

「待てって。」

と、私のもう片方の手を健ちゃんが掴んだ。

「だから、そうじゃなくてっ。クリームパン買ってきたから///」

私の方を見たかと思うと、すぐに目を逸らして健ちゃんが言った。

「クリームパン?」

健ちゃんは甘いパンは食べないはずだよね?

陽葵はパンにクリームなんて邪道だっていつも言ってるし…

唯一、クリームパンが好きなのってーーー

「神崎、クリームパン好きだろ///?」

「うん?好きだよ?」

「じゃぁ、はい」と言って、健ちゃんはパンが入った紙袋を私に渡した。

「え?」

「え?じゃなくて。神崎のために買ってきたんだよ///」

「え、え?どうして?」

「どうしてって…神崎が昨日から…元気ないからだよ///」

え?

健ちゃんにバレてたの?

嘘…それで私のためにパンを買ってきてくれたの?

私の好きなこのクリームパンって駅前しか売ってないよ?

健ちゃんは自転車通学だから駅前って通らないよね?

「へぇ…、わざわざ駅前まで行って萌香のためだけにクリームパンを買いに行ってきたんだぁ。
萌香だけかぁー。へぇー。」

陽葵がニタニタしながら、健ちゃんの周りをクルクルと歩いている。

「うるせーな/// 陽葵の分もあるよっ。」

そう言って、少し乱暴に紙袋を陽葵に渡した健ちゃん。

「わーい、やったね。メロンパンだぁ。健ちゃん、大好き♡」

「はい、はい。じゃ、どっか座って食おーぜ。腹減った。」

健ちゃんが空いてるベンチの方へ一歩踏み出したとき、私は健ちゃんの腕を両手で掴んで引き止めた。

「か、神崎///?」

「健ちゃん、ありがとう。」

健ちゃんの優しさが嬉しくて、心がポカポカと暖かくなり自然と笑顔でお礼が言えた。

「っ//////⁉︎」

「健ちゃん?」

健ちゃんが固まったまま何も言ってくれないから、私がキョトンと健ちゃんを見上げたままでいると

「お前、他でそんな顔すんなよ///」

と言って私の髪をクシャクシャとしてから、早足でベンチに向かって歩いて行ってしまった。

そんな顔ってどんな顔?

ひょっとしてキモイ顔してた?私…。

「萌香、行こう。」

笑顔で陽葵が私の手を取り、健ちゃんが座っているベンチに向かって歩き出す。

「うんっ。」

陽葵と健ちゃんが側にいてくれて、私は本当に幸せ者だな。


*****



只今の時刻は12時55分。

ちょうど体育館の真ん中の1番端の席に、私、陽葵、健ちゃんの準備で椅子に座って次の公演が始まるのを待っていた。

あと5分で清宮先輩たちのバンド演奏が始まる。

体育館は立ち見の人が居るくらい大盛況だ。

ぐるっと一周見渡せば、ほぼ女の子で埋めつくされていた。

さすが、清宮先輩。

モテますな。

しばらくすると灯りが落とされ、暗幕が上がると同時にステージにライトが当てられた。

清宮先輩と3人の男の人が現れ「ワー」と歓声があがる。

センターでギターを持った清宮先輩が、スタンドマイクをポンポンと軽く叩く。

「えーと、今日はオレ達のライブに来てくれてありがとうございます。
短い時間ですが、皆んなで盛り上がっていきましょうっ!」

清宮先輩の挨拶が終わり、ドラムの人がスティックを鳴らし演奏が始まる。

ギターを弾きながら歌う清宮先輩。

凄くイキイキしていて楽しそうで…

こんなキラキラしている先輩、初めて見た。

「清宮先輩…カッコいい///」

無意識に私の口から言葉が零れる。

こんな素敵な人に告白されただなんて信じられないな…。

盛り上がったまま演奏が3曲終わって、清宮先輩がスタンドからマイクを外し手に持った。

「すげー楽しいーっ!皆んな、今日はオレ達に付き合ってくれてありがとうございますっ!」

飛びっきりの笑顔で挨拶をした清宮先輩。

「キャー」と女の子達の黄色い声が体育館を支配する。

「ーーで、付き合いついでに、オレのプライベートトークにも付き合って欲しいんですけど…いいかな?」

今度は照れ臭そうに笑って言うと、会場から「いいよー」と返事が返ってくる。

「アハハ…ありがとうございます。

えっと…実はオレ、今まで色んな事にいい加減な男だったんだよね。

彼女を作っては、また違う彼女を作ったりして…。

まぁ、つまり…コホンッ、一度にたくさんの女の子と付き合ってたんだよね。

中学の時にやってたバスケも、高校に入って始めたバンドも、全てがいい加減だった。

ある日、中庭をボーと眺めてたら、友達とすげー楽しそうにランチしてる子がいてさ。

メチャクチャいい顔で飯食ってんの。

その笑顔がなんか…すげー可愛くて…。

オレ、その時に人生初めての一目惚れをしたんだ///

彼女はメチャいい子で、ずっと笑ってるし、面倒見も良くて、いつも人の輪の中にいる人だった。

今のオレじゃ彼女に釣り合わないと思った。

ずっといい加減にしてきたバンドを真面目に一生懸命にやって、たくさんの女の子とも全て縁を切った。

ーーーで、勇気を出して彼女に告白したんだけど……見事にフラれちゃって。

でも、諦められなくて友達から始めてもらえるようにお願いした。

オレの方を見てもらいたくて、ちょっと強引に攻めたりもしたんだけど……

どうかな?

今日のオレを見て気持ちが変わってくれてたら嬉しいな。」

コホンッと小さく咳払いをした清宮先輩。



「神崎 萌香さん。」



名前が呼ばれたと同時に、客席にいる私にスポットライトが当てられた。



「君の事が好きです。

オレと付き合って下さい。」



体育館に清宮先輩の声だけが響き渡った。


*****



「君の事が好きです。

オレと付き合って下さい。」



清宮先輩がステージの上から私を真剣な眼差しで見つめる。

突然、スポットライトを当てられ、公開告白をされて私の心臓はバクバクと暴れていた。

返事をしなきゃ。

でも、なんて?

私は失恋したけど、まだ桐生のことが好きなんだよ?

こんな状態で清宮先輩の気持ちを受け入れるわけにはいかない。

ぐるぐると頭の中で考えていたらーーー



「悪いけど、コイツは諦めて。」



魅惑的な低音ボイスが体育館に響いた。

気が付けばいつの間にか、私の隣にイケメンバージョンの桐生が立っていてーーー

「行くぞ。」

と一言だけ言って私の手を取り、出口に向かって引っ張って走って行く。

わけが分からないまま振り返えると、清宮先輩がマイクを投げ捨ててステージを飛び降りる姿が見えた。

「離してっ。」

「絶対に離さないっ。」

なぜが怒ったような口調の桐生に、それ以上何も言えないまま私達は体育館を出て行った。







「ちょっと待って!桐生っ!」



私は桐生に引っ張られて、体育館から1番近い図書室まで連れてこられた。

今は皆んな教室か体育館に集まっていて、ここには誰も居ない。

私の声でやっと止まってくれた桐生は、まだ手を繋いだまま私に背中を向けている。

「どういうつもりなのっ!構わないでって言ったよねっ!」

私は息を切らしながら叫んだ。

「…わからない。」

そう背中を向けたまま一言だけ呟いた桐生。

わからないって、どういうことよっ⁉︎

こんな派手に清宮先輩のこと置いて来ちゃったんだよ⁉︎

返事もちゃんとしてないのにっ!

「私、体育館に戻るから手を離して。」

「無理。」

「は?何言ってんの。離してよっ!」

「嫌なんだよっ!」

そう叫んだ桐生は私の手を強引に引き寄せ、力強く私を抱き締めた。

「離してっ!」

私は桐生の胸を力一杯に押し退けるが、硬く締められた桐生の腕はビクともしない。

本当…もう辞めてよ。

こんな事しないでっ。

まだ、桐生のこと諦められてないんだから…

またバカみたいに期待しちゃったら困るでしょ。

「お願い…離して。」

「ゴメン…離せない。アイツのところなんかに行かせたくない。」

桐生が私の耳元で弱々しく囁いた。

トクンッと私の胸は弾み出して、どんどん加速していく。

それってどういう事?

桐生は抱き締めていた腕を緩め、私の目をじっと見つめて

「正直…自分の気持ちがよく分からないんだ。神崎の事を好きなのかどうなのか…。

ただ、神崎に構うなと突き放されて無視されて…とても哀しい…寂しい…気持ちになった。

清宮ってヤツに神崎を取られるのが嫌だと思った。

気が付いたら…お前を奪い去ってて…

ただ、これだけは言える。」

桐生は私の頬を両手で包み込み、おでこをそっと重ね合わせ



「神崎は俺にとって特別な存在なんだ。」



とても切なそうな声で言った。



*****



私達は本棚で入り口から死角となる場所に、横並びで壁にもたれて座る。

「俺さ…。」

しばらく黙っていた桐生が、ポツリ、ポツリと話し出した。

「小学校の時に何回か誘拐されかけたんだ。

中学に入ってからは力が強くなって誘拐されそうになる事はなくなったけど、その代わりに電車やバスで痴漢に遭うようになった。

学校に行けば女が群がり、俺が誰かと喋ると次の日からその子はイジメられて。

全く知らない子達に毎日のように告白されて…

結局さ、この俺の容姿が悪いんだって思った。

皆んな俺の表面しか見てくれないんだよ。

だんだん、誰の事も信用できなくなっていった。

高校に入ると同時に髪をボサボサにして黒縁のデカイ眼鏡かけて、顔が見えないようにして…人ともできるだけ関わらないように生活してきた。」

桐生はフッと笑ってから

「なのにさ、居眠りしてる間に眼鏡外されて神崎にバレちゃったんだよな。

どうにかして口止めしないとって思ったら、気が付けば神崎の唇を塞いでた。」

「あのときはビックリしたし腹が立ったよ。」

私は冗談ぽく笑って答えた。

実はアレは私のファーストキスだったんだよね///

あんな形で奪われて腹が立ったけど…なぜかそこまで嫌じゃなかったんだ。

あの時から既に私は桐生のことを好きだったのかも知れない。

それにしてもーーー

本当の桐生を隠してるには何か理由があるとは思っていたけど、自分が想像しているよりはるかに重いものだった。

誘拐?痴漢?そんなことって日常的にあることじゃないよね?

私がもし、そんな経験をしてしまったら怖くて外を歩けなくなってしまう。

今みたいな普通の生活を送ることが出来なくなってしまう。

桐生は本当の自分を偽ることで自分自身を守ってきたんだね。

それって凄く疲れるし辛いことだと思う。

「桐生にはそんな過去があったんだね…。

実際にそんな目にあった事がないから全部は分かってあげられないけど、ずっと辛い思いをしてきたんだってことは伝わったよ。

これだけは信じて。

私は桐生のこと、見た目だけで絶対に判断しないよ。」

私がじっと桐生の目を見て真剣に伝えると

「知ってる。」

と桐生が穏やかに優しく笑った。



桐生にとって「特別な存在」

恋愛感情じゃなくても私はそれだけでいい。

私はじゅうぶん幸せだ……



*****


モサ眼鏡に戻った桐生と2-Aの教室に帰ると、私はたちまち皆んなに囲まれて身動きが取れなくなった。

一緒にいた桐生は弾き飛ばされて教室の隅っこに追いやられている。

「ねぇ、あのイケメンは誰?」

「萌香ちゃんってば、超絶イケメンの彼氏がいたのー?」

「清宮先輩のこと断っちゃうの?」

囲み取材のように質問攻めにあう私…。

「いや、ちょ、ちょっと待って。」

揉みくちゃにされそうになっている私の手を、誰かが外側から引き出してくれた。

そしてトンッとその人の胸の中に収まる。

「神崎が困ってるだろ。質問があるんなら1人ずつにしろっ。」

「…健ちゃん。」

私を助けてくれたのは健ちゃんだった。

「そうだよっ。萌香が困るような事しないでよね。」

今度は陽葵が私を抱き締めて、皆んなを睨みつける。

「陽葵ぃ…。」

私が陽葵にぎゅっと抱きつくと「ヨシヨシ」と頭を優しく撫でてくれた。

「じゃあ、私から質問しまぁす♡あのイケメンは誰ですか?
そういえば、ウチの制服を着てたけど、あんなイケメンいたっけ?」

ひとりの女の子が手を上げて質問をした。

「えっと…彼は…そ、の…。」

どうしようっ⁉︎

なんて答えたらいいんだろ⁉︎

彼氏じゃないしっ。

同じ学校だけど…

まさか、あれは眼鏡を外した桐生ですーーーなんて言えないしーっ!

「あの人って、神崎さんの彼氏ですよね?」

「えっ?桐生⁇」

私は目を何回もパチパチとしながら桐生を見上げる。

何言ってんの⁇

大丈夫なの⁇

そんな事言っちゃってーーっ⁉︎

「他校に彼氏がいるって、この前、教えてくれたじゃないですか。

目立つのが嫌だからウチの制服を着てもらって一緒に文化祭をまわるんだって。」

桐生がスラスラと嘘をつく。

この男はある意味すごい男だな…。

「でも、あの制服、どこから手に入れたんだ?」

健ちゃんが怪しそうな顔で桐生をじっと見て言った。

本当だよっ⁉︎

ウチは学年によってネクタイの色が違うんだよ?

ネクタイの色まで同じ制服をどこから借りたって言えばいいのっ⁉︎

同じ色のネクタイを借りようと思ったら、3年前の先輩に借りなきゃいけないんだよ?

卒業してから3年間もネクタイを保管してる人なんていないよーっ!

私は泣きそうになりながら桐生の返事をじっと待つ。

「あの制服は僕が1年の時に着ていたものです。成長期で小さくなってしまって、2年になってから新しく買い替えたんですよ。

ついでにネクタイも。

それを先日、神崎さんに頼まれてお貸ししたんです。」

私とは正反対の余裕な表情で答えた桐生。

すごい…どうやったら、こんなそれらしい理由が思いつくんだ?

はは…私には出来ない芸当だなぁ……。

「そうなのか?神崎?」

健ちゃんが、なぜか悲しそうな顔で私を見つめる。

「…うん。彼が着てたのは桐生の制服だよ。」

「…そっか、神崎って他校に彼氏がいたんだな…。
ハハ……全く気づかなかったよ。」

元気なく笑う健ちゃん。

どうしてそんな顔で笑うの?

私、何か健ちゃんを傷つけるようなこと言っちゃったのかな?

「はーいっっ。これでお終いっ!
皆んな、よくわかったでしょ。
じゃあ、サッサと後片付けをして打ち上げでもしようよ。」

陽葵がパンパンと手を叩いて皆んなを解散させてくれた。

納得してくれたのか、皆んな黙って後片付けをテキパキとし始める。

「ありがとう…陽葵。」

「いーよ。それにしても、嘘つくのが上手いな桐生は。」

私にだけ聞こえるように陽葵が言った。

え⁈

私は目を見開いたまま陽葵を凝視する。

「プッ、なんて顔してるの?私が気付いてないとでも思ってた?」

あはは…と笑いながら私の頭をポンポンとする陽葵。

「あのイケメンは桐生なんでしょ?」

「陽葵…いつから気付いてたの?」

「桐生がイケメンってことは、ずっと前から…たぶん、萌香が気付く前から知ってたよ。」

陽葵はピースサインをしながら言った。

「そ、そうなんだ。」

さすが、陽葵。

相変わらず鋭い…。

この後、食べ物を買い出しに行き、教室で皆んな仲良く打ち上げをして今年の文化祭が終わった。


*****


その日の夜、私は清宮先輩を学校近くの公園に呼び出した。

辺りはもう暗くて、街灯の柔らかなオレンジの光が灯っている。

「清宮先輩…こんな時間に呼び出してしまって、すみません。」

「いいよ。それより、話って何かな?」

さすがに清宮先輩に笑顔は見られない。

そりゃそうだよね…

あんな素敵な告白をしてもらっておきながら、置き去りにしちゃったんだから…

「あ、あの…今日は…ごめんなさい。
返事もせずに、飛び出してしまって…。」

「…返事、しに来てくれたの?」

「………はい。あと、これを返しに。」

洗濯したパーカーが入っている紙袋をそっと差し出す。

「洗ってくれたんだ?ありがとう。」

「いえ、こちらの方こそ、ありがとうございました。」

返事をしなければと思うのに、なかなか言い出せなくて、2人の間に沈黙が流れる。




「今日のあのイケメンって…萌香ちゃんの彼氏?」

沈黙を破ってくれたのは清宮先輩だった。

「…いえ、違います。」

真っ直ぐに私を見て、真剣に私の事を想ってくれている清宮先輩に嘘なんてつきたくない。

「そっか…、あれって昨日、空き教室で萌香ちゃんと一緒にいたヤツだよね?」

「えっ⁉︎」

「さすがにわかっちゃったよ。
そっかぁ、あのダサい眼鏡男って実は超イケメンだったんだぁ…。」

「いや、あのっ、えっと…。」

「別に隠さなくてもいいよ。他にバラす気なんて全くないから。」

ニッコリと笑ってくれる清宮先輩。

「よしっ、じゃ、返事、聞こうかな?」

清宮先輩は少し気合を入れ直してから、私に向き合う。

「あの…清宮先輩の気持ち、とても嬉しかったです。
…でも、ごめんなさい。
私には他に好きな人が居ます。」

清宮先輩の目を見て、私は真摯に向き合い答える。

「うん、…ちゃんと振ってくれてありがとう、萌香ちゃん。」

そう言って清宮先輩は右手を差し出した。

「友達としての再出発ってことで。」

「…はい。これからも宜しくお願いします。」



あんな酷いことをしたのに、また友達として付き合ってくれる清宮先輩の優しさが、じんわりと心に染みわたった。






翌日から2日間、振替休日で学校は休みだったが2日間とも陽葵に呼び出され、桐生や清宮先輩の事で質問攻めにあった。



そして水曜日の朝…………



いつものようにたくさんの友達と挨拶を交わしながら教室へ向かう。

教室に入ると1番前の席の桐生とすぐに目が合った。

「おはようございます。」

っーーーっ///⁉︎

なにっ、その爽やかな笑顔はっ///

眼鏡をかけててもイケメンが漏れてるよっ///

「お、おはよ///」

ダメだっ///

まともに顔が見られないっ。

私はすぐに目を逸らし足早にその場を離れた。

私が自席に鞄を置くと、健ちゃんがちょうど隣の席にいて挨拶をしてくれる。

「おっす、神崎。」

「あ、健ちゃん、おはよ。」

「ん?神崎、髪に何かついてるぞ?」

「えっ?なに?健ちゃん取って、取ってっ⁉︎」

何がついてるんだろ?虫とかだったら嫌だよっ!

「お、おう…///」

健ちゃんの手が私の髪に触れ落ち葉がヒラヒラと舞い落ちた瞬間、後ろにぐっと身体ごと引っ張られた。

そのままの体制で見上げると、桐生の顔がすぐそこにあって心臓がドクンッとなる。

「な、なに///⁉︎ 桐生っ⁇」

「神崎さん、少しお時間いいですか?」

…あれ?

さっきの爽やかな笑顔はどこに行っちゃったの?

なんか……不機嫌⁇⁇

桐生は有無を言わさず私の手を引いて教室を出て行く。

「ちょっと、桐生っ。どこ行くのよっ。」

「…………………。」

返事をしないまま私を校舎裏に連れてきた桐生は、私の手を離し両手で頭を勢いよく掻きモサッとした髪を更にモサモサにした。

「き、桐生⁇」

「…悪い、こんな事するつもりじゃなかったんだけど…。」

私は背中を向けて俯いている桐生の耳が、赤くなっていることに気付く。

「…桐生の耳、赤いよ?」

バッと慌てて耳を隠す桐生。

なに、ソレっ⁉︎

か、可愛いっ///

しばらくして桐生はクルッと振り向いて、大きな手で私に目隠しをした。

「見んな、バカ///」

うそーっ///

桐生が照れてるーーーっ。

信じられないっ、あの桐生がっ。

クールで俺様で意地悪な、あのっ桐生が⁉︎

そんな可愛い一面を見せられたら、もっと好きになっちゃうじゃんっ///

「…もうすぐ本鈴がなるから、お前は教室へ帰れよ///」

「え?桐生は?」

「俺は怠いからサボる。」

そう言っていつもの定位置に座り、カーディガンのポケットから小さな本を取り出し読み始めた。

「じゃ、じゃあ、私も朝のSHRはサボる。」

「ダメ。お前は教室に戻れ。」

えーーーっ!

強引に連れ出しておいて、自分だけサボるってどういう事⁇

私が不服そうな顔をしていたら、桐生が「早く行け」という目で睨んでくる。

「ゔーー…わかったよ。桐生も1限には出るんだよっ。」

そう言い残し私は渋々その場を後にした。


◇◇◇◇◇


「桐生も1限には出るんだよっ。」


頬を膨らませながら、この場を去って行く神崎の後ろ姿を俺は黙って見送る。

開らけただけの本をパタンと閉じた。

「…調子が狂う。」

誰も居ない校舎裏の階段でひとり呟く。

最近の俺の行動は自分でも想像がつかない。

好きでもない女とキスをしたり、絡まれてるところを助けたり…

告白されてる現場から強引に連れ去ったり、さっきだって町田に触れられるのが嫌で、また連れ去ってしまった…

神崎は俺にとって特別な存在だということは認めている。

でも、一体いつから?

いつから神崎のことを信用できると思ったんだろう…………………………

ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー

あれは確か…2年になってすぐの事だった。

見るからに大人しく冴えない地味女が、クラスの女に囲まれイジメられていた。

「くだらねぇ」と思いながら見ていると、派手な女がひとりズカズカと輪の中に入っていった。

いかにもイジメの主犯格って感じの女だ。

まぁ、顔は可愛いけど。

「ちょっと、よってたかって何やってんのよっ!くだらない事はやめてよねっ!」

ーーーえ?

あの女…止めに入った?

「だって、萌香ちゃん。この子、見た目も超暗くて気持ち悪いんだもん。」

「はぁ?見た目?そんなんでこの子の事がわかるわけないでしょ?」

派手な女は、しゃがみ込んでいる地味女の手を取り引き上げた。

「ごめんね。本当はこの子達、悪い子じゃないんだ。許してあげて。」

申し訳なさそうに地味女に頭を下げて謝っている。

「…うん。ありがとう、神崎さん///」

「萌香でいいよ。ほら、皆んなも謝って。」

イジメていたクラスの女達に謝るように促す。

「…ゴメンなさい。」

嫌な雰囲気だった教室の空気が、派手な女のおかげで軽くなった。

………神崎 萌香。

なんかコイツは他の女とは違う気がする。

それ以降、俺は神崎を自然と目で追うようになっていた。

いつも笑顔で輪の中心にいる神崎。

誰に対しても平等な態度をとるし、面倒見もいい。

ひょっとして神崎だったら……

本当の俺を見ても平等に接してくれるんじゃないか?

容姿ではなく俺の中身を見てくれるんじゃないか?

そんな想いが芽生えていった。

神崎と話すきっかけもなく時が過ぎ、あっという間に10月になる。

俺はいつものように校舎裏の階段で本を読んでいると、いつの間にか眠ってしまった。

気が付けば神崎が目の前にいて、俺の眼鏡を手に持っていた。

「ヤバイ、バレた」と一瞬焦ったが、神崎の反応は今までとは少し違った。

今までだと、すぐにベタベタ触れてきたり、襲われそうになったりしてた。

でも、神崎は頬を染め俺をただ見ているだけだ。

俺にとってはとても新鮮な反応で…

「勝手に外さないでもらえる?」

少しからかいたくなったのかも知れない。

俺は眼鏡を持っている神崎の手をパシッと掴んだ。

「ごっ、ごめんっ///」

真っ赤な顔で謝る神崎。

「いや、許せないね。どう責任取ってもらおっかな。」

とか、

「そんなに見つめんなよ、キスしたくなるだろ?」

なんて、

普段は絶対に言わない台詞がどんどん出てくる。

「な、な、なに言ってるのよっ///」

そんな可愛い反応するなよ?

キスなんてするつもりは全くなかったのに…

気が付けば、神崎の唇に触れていた。

今、思い出してもなんであんな事をしたのか分からない…

それからも、神崎の反応が面白くて可愛くて何度もキスをした。

ある日の朝、神崎が清宮って奴にキスをされてるのを目撃してしまってーーー

無性に腹が立って、神崎に冷たい態度をとったりもした。

あれ?ーーー無性に腹が立った?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
…え?

ちょっと待て。

それってーーーーーーー

っーーーっ///⁉︎

嫉妬⁉︎

清宮って奴に嫉妬したのか?俺はっ///

…………嘘だろ?


俺、神崎の事が好きなのか?


このとき、俺は初めて自分の気持ちに気付いたんだ。