睨むような目で夏波は顔を上げた。


通路には帽子を目深に被った男が、心配そうに視線を向けていた。

夏波は男を更に睨み付けると、彼が手にしていたミネラルウォーターを奪い取り、口に含んだ。

男は慌てる様子もなく、夏波が息を整えたのを確認すると再び声を掛けた。
「大丈夫?」
大きな深呼吸をして、夏波は真っ直ぐに男を見て応えた。
「すみません。助かりました。…すごく…その…なんていうか、勝手に飲んだりしてごめんなさい」
夏波は素直に自分の態度の悪さを反省し謝った。
「いや、ずいぶんむせてたからさ。ちょっと気になっちゃって…ほっとけなかったっつーか」
小さく笑いながら男は夏波の隣の席を指差した。
「ここ…空席?」
「え…」
夏波は返事に戸惑った。


恭平が来る筈はない。
それなのに、もしかしたら…という気持ちを拭い去れなかったからだ。


「なぁ…」
「空いてます」
「ラッキィ」
そう言うと男は夏波の隣に勢いよく座ると腕を組み、目を瞑った。
「あの…。ねぇ…席、指定だから…貴方の場所…席?ちゃんと行った方が良いと思うんだけど…。」
夏波は言葉を選びながら話し掛けた。
「んー?あぁ、席は分かってんだけどさ、隣の男がやたら煩くてさ。逃げて来たの。どっか空いてねぇかなーってウロウロしてた所だったんだよ。」
ダルそうに答える男を夏波は見つめた。
深く被った帽子からはみ出て見える髪は茶色く、耳には真っ赤なルビーのピアスが光っている。

「痛い」
「え?」
「視線」
「んなっ?!起きてたの?!」
「いや、まだ座って5分と経ってねぇし」
クククッと小さく喉を鳴らして笑う姿に夏波は更に目を奪われた。
「…フェロモン??」
「は?」
「いや、なんか惹き付けられる…っていうか…」
自分が言っていることに恥ずかしさが込み上げてきた夏波は急に早口になった。
それと同時に夏波の携帯が震え出した。


見なくても判る――恭平だ。


夏波は電話に出ようともせず、ただ携帯を見つめていた。