「あー。バレたか…。」
虹はその男を見ると小さく呟いた。


スーツを着ていると言ってもサラリーマンとは言いがたい風貌。
長めの髪は黒く、掛けている眼鏡も焦茶色のお洒落なものだった。



「え…誰?知り合い??」
夏波は驚いた顔で虹を見ることしか出来ない。
チッと舌打ちすると虹は立ち上がった。


「夏波、携帯貸して」
「…?…は?」
事態に付いて行けない夏波の身体は動かない。
虹は夏波のテーブルに置かれている携帯を手に取り、カチカチと動かし始めた。
「え?!…ちょっとまた!!」
我に返り、夏波が虹から携帯を取り返そうとする前に、携帯が返って来た。

「俺の番号入れといた。……っつーかお前のから俺のケータイにも掛けた。これでお前が掛けて来なくても俺、大丈夫だし」
「…な…何が大丈夫なのよ。そんなの消すし」
「な。だからお前が消しても、俺のケータイに番号入ってるから大丈夫ってこと。じゃあな、夏波。楽しかったわ、またな」


そう言うと虹は帽子を被り直し歩いて行った。
「え?ちょっと!」
虹を呼び止めようとすると、今まで黙っていたスーツの男が小声で話し掛けて来た。
「大変ご迷惑を…あの、その…このことは何卒内密に――」
「え??」
話が理解出来ない夏波は口を開けたまま、男を見上げた。
「大丈夫!そいつ田舎者みたいだ。分かってねぇって」
少し離れた所から虹が男に話し掛けていた。
「は??田舎…?」



虹とスーツの男は呆然とする夏波を残し、前の車両の方へと歩いて行った。