ある晴れた日の朝、香月 夏波(かづき なつは)は恋人、祖父江 恭平(そぶえ きょうへい)と行くはずだった京都行きの新幹線に一人で乗っていた。


理由は実に明確なものだった。


『ごめん。妻が風邪で寝込んだ。娘の面倒をみる。』


俗にいう不倫関係になって9ヶ月。
夏波は限界を感じていた。
このままこの関係を長引かせてはいけない、これ以上を求めてはいけないと…。

夏波は先程買ったコーヒーを一気に飲み干した。
目の前で紙コップに注がれた黒々とした液体は、夏波の喉と心をヒリヒリと傷め付けるかのように流れていく―――。


「あっつ…ごほっ…げほっ…」


自分の無力感、惨めさ、悔しさ…すべての感情が涙となって一緒に溢れ出した。
(自分ばっかり…バカみたい。)
夏波は止まらない涙を一生懸命押し留めようとした。
しかし焦れば焦るほど、形は変わって行く。






「大丈夫ですか?」


屈み込んだ夏波の頭上から突然声がした。