「ないないない。あるわけないって、そんなの」


通常モードの佳奈に戻すため、わざと冷めた声で言い放つ。


「え~?だってどう考えたっておかしいじゃん。
単なる間違いだったら『人違いでした~』って、すぐ立ち去るってのが普通じゃない?」

「まぁ、それはそうだけど……」

「でしょ~?」



よくよく考えてみると、確かに単なる人違いにしては少々おかしい。

佳奈の言う事も一理ある。


けれど……


「でも、ものすごく真剣で真面目そうだったし。
軽はずみにナンパするような人には見えなかったけど」


氷のように冷たい手と、悲しみに満ちた彼の瞳が、鮮明に脳裏に蘇る。


あんな目をした人がナンパ目当てで声を掛けてきたなんて、やはり到底思えない。



困惑の色を浮かべる私に


「甘~い」

「っ!」


佳奈がビシッと人差し指を向け、否定するようにチッチッと数回舌打ちをする。