人は、何かを失う事を恐れて生きていく。
大切なものが失くなった今、恐い事は何もない。

何がどうなっても、動じない。

それは、十和に出会う前の自分と同じだった。



『おらテメー! 使えねーんだよ!!』

いつもと変わらない日になるはずだった今日。
店内は騒ぎに包まれた。

それは、客が途絶えた瞬間だった。
ホールの中心で、藤原が一人の黒服に罵声を飛ばす。

『説得してこいって言ったろ、俺は!!』

罵声も飛ぶが、唾(ツバ)も飛ぶ。

それを全て受け止めているのは、
……幸成だった。

『あぁ!? その目は何だ!?』

殴られたのか、頬は赤く、口の端から血が零れていた。

それでも幸成は謝罪の言葉一つなく、藤原に不敵な目を見せる。

何やってんの、あの馬鹿。
早く謝って許してもらわなきゃ。

後から謝っても、許してもらえないのよ!?

早く。
早く謝りなさい……ッ


『きゃー!! 藤原さぁん!』

と突然、店の奥からそんな声がした。
甘えたような猫撫で声……

『早く来てぇ~!!』

なおも媚びた声を出し続け、ホールに現れたのは、上着も着ずに、胸元を露出させた美香だった。

『何だ、何の用だ?』

それに気をよくしたのか、藤原は少し落ち着きを取り戻したようだった。

『今、女の子達が騒いでてー、ヤバイお客さんが来たみたいなんですぅ』

……あれ?
美香って、藤原にこんな喋り方するっけ?

こんな喋り方の美香、見た事ない。

もしかして……

嫌な仮説をたて、美香に問うように目線を配る。

すると、それに気付いた美香が寂しげな目を見せて笑った。

やっぱりそうだ。

無茶だよ美香。
無謀(ムボウ)すぎるよ。

幸成を助けようなんて……