『ね? だから言ったでしょう?』
誰もいなくなったはずの部屋に、男の声が響く。
『十和さんは絶対にアユを抱かないって』
どうして幸成が……?
そうか、監視室で見ていたのか。
優しい言葉の一つくらい掛けられないの?
一応、私も落ち込んでるんだけど。
『今日は早退しますか? そんなんじゃ仕事にならないでしょ』
幸成は着ていた上着を脱ぎ、しゃがみ込んでいる私の膝へ投げた。
何よ。
こういう時は肩にかけるもんでしょ?
手を差し出して立たせてよ。
十和なら、そうするよ。
十和なら……
『ふッ うぅ……』
涙が溢れ、鳴咽(オエツ)が漏れる。
ただ後悔の一言。
涙が止まらないよ。
『ずるいっすよね』
と、突然。
幸成は溜め息と共に言葉を吐いた。
『あの人は、ああして自分を被害者にして去っていくんですね』
何言ってるの?
間違いなく十和は被害者よ。
私に追い出された被害者。
『私が悪いの。 十和を追い詰めたから……』
奈美の事を知らないままが良かった。
そしたら、いつもの笑顔を向けられたのに。
『そうですね。 アユも悪い』
幸成の手が、私の顎を容赦なく捕らえた。
頬を両側から押されるために突き出た唇は、幸成に文句すら言えないでいる。
『でも、あの人も悪いよね? 自分の事も話せないくせに、アユの事ばかり知りたがる』
どういう事?
自分の事って……?
前に言ってた「秘密」の事?
聞きたくても、幸成の力が強くて……
『可哀相にね。 最後まで十和さんの事、知れませんでしたね』
そうか。
最初から十和は、私に心を許してなかったんだ……