『美香ちゃんアユちゃん、おはよー』

店内に入ると、第一に藤原の姿が見えた。
それ以外は何も無し。

客の姿も、気配すらも……

『ほら、見間違い』

美香の肩をポンと叩き、待機室へと向かう。

『おっかしーな。 絶対に十和さんだと思ったのに』

私だって、本当に十和かもって思ったよ。
だって近いうちに来るって言ってたもの。

『ほらー、行くよ』

でもきっと、まだ来ない。
私が、素直に「来てほしい」って言えなかったから……




『おっはよー!』

待機室の扉を開けると同時、元気よく挨拶する美香。

しかし室内から「おはよう」の一声は返らない。
いつもなら、絶対に誰かが言ってくれるのに。

妙な違和感を感じながらも、ドレッサーの前にコスメポーチを置いて、自分も前に座った。

クスクス、クスクス……
背後から聞こえる笑い声。

気味悪いよ、あんた達。

『何か用?』

妙な視線と笑い声に耐えられなくなった私は、振り返って尋ねる。

笑い声は止まったが、皆の視線は私に注目したまま。

何なんだよ。
私、何かした?

意味わかんないんだけど。

『アユさー、奈美の客盗ったんだって?』

ようやく出た答えは、そんな馬鹿げた内容。

盗ってないし。

向こうが勝手に指名してきたんだよ。
好きで相手したわけじゃない。

『じゃあ自業自得、か』

『は?』

ってかわかりやすく喋ってよ。
勿体振られると、どうも苛つくから。

『十和って若い客だけどー。 奈美に盗られたみたいだよ?』

……え?
十和が……奈美に?

『放心状態だし~! 信じられないなら見てきたらー? 今頃、真っ最中だと思うけど』

一体どういう事なの?