【絶対にアユを抱けない】

その言葉の根拠も、意味もわからないまま、一週間が過ぎた。

その間、十和がお店に来る事もなく、嘘か本当か確かめる事も出来なかった。

というか、確かめる気なんてさらさらないよ。
何で私から十和を誘わなきゃいけないの?

もし誘って、十和がその気になったら、責任は誰がとってくれるの?

……ま、その気になるなんて有り得ないけどさ。




『おっはよー、アユ!』

いつになくテンション高めの美香。
跳(ハ)ねるように後部座席へ乗り込んできた。

『今日も頑張ろーね!』

何かいい事でもあったのかな?
例えば幸成から嬉しい事言われたとか。

……なんてね。

美香が乗るまでエンジンの音しか聞こえなかった車内が、美香が来ただけで急に賑やかくなった。

それが、すごくホッとしたんだ……




『ありがと~、幸成くん!』

車を降りる時も満面の笑みを忘れず、
本当に何があったんだろう。


『何かあったの? この前とは大違い』

つい一週間前、オーナーが目覚めた事を知って落ち込んだばかりだっていうのに。

『……わかる?』

そりゃ、わかるよ。
そんだけニコニコしてれば誰だって気付く。

『幸成くんの事、諦めた方がいいって。 幸成くんが……』

『え?』

それなら、嬉しい事じゃなくて、悲しい事なんじゃない?

『オーナーが帰ってきたらヤバイでしょ? そんな事まで考えてくれてるんだぁって思ったら嬉しくって』

美香。
危機感がなさすぎるよ。

オーナーが来たら、そんな事言ってらんないよ?

『それでね……あ、十和さん』

話の途中、
美香は私の背後に、十和らしき人物を見たらしい。

『まさか。 そんなわけないじゃん』

前回来てからまだ一週間。
いくらなんでも早過ぎる。

それに後ろにも左右にも十和の姿なんて無いし。

『だってお店入っていったもん! アユ、早く行ってあげなよ!』

何故か私より美香の方が焦ってる。
ドスドスと真剣に押される背中が、少し痛かった。