いつも、独自の敬語らしき言葉を話す幸成。
その幸成が敬語をやめる時、
【逃げ切ってみせるよ。 アユを連れて】
その時が一番恐い。
今まで何かされる時はそうだったし、今も殺気立った目をしてる。
こいつ……ヤバイ。
『下ろして。 歩いて帰るから』
運転席のシートが倒れてる今は、手を伸ばせば届いてしまう。
しようと思えば何とでもできる。
そう思うと共に、寒気が全身を走った。
『警戒しなくても大丈夫ですよ。 今は、何もしませんから』
それが信用ならないから逃げるんだよ。
あんたなら、何をしても不思議じゃない。
『十和さんは、絶対にアユに手出ししない。 だから、焦る必要ないんすよ』
シートを戻すと、また車を走らせる。
大きかった美香のマンションも、少しずつ小さくなり、そのうちに視界から消えてしまった。
最近の幸成は、十和の話が多い。
その度に苛々と緊張が増えていき、正直限界に近かった。
もしかして精神的に追い詰める戦法に変えたか?
いや、幸成がそんな回りくどい事をするわけがないし。
それにしても「手出ししない」って、そんな事が何でわかるの?
確かに手出しされた事はないけど。
『気になります? 何で手を出されないか』
気にならないわけじゃない。
聞きたいけど、聞けない。
聞けないけど、聞きたい。
それに幸成の事だ。
嘘かも知れない。
『嘘だと思うなら、誘ってみたらどうっすか? 最近、録画をチェックするの俺なんで、一回くらい見逃しますよ』
私の顔がうたぐるような顔をしていたのか、すかさず答える幸成。
『すごい自信ね』
そんなに自分の考えに自信があるのか。
ある意味凄いよ。
『自信ありますよ。 あの人は絶対にアユを抱けない』
……まぁ、挑戦する気もないけどね?