【あんな店辞めて、普通にバイトでもすれば】
十和は私にそう言った。
生活のため。
母のため。
掟のせい。
辞められない理由は沢山ある。
もしそれが1つも無くて、今すぐに辞められるとする。
そしたらどうだ?
店で出会った美香や十和。
何の接点もなくなってしまう。
そんなの、何だか恐い。
もう2人に会う必要も、理由も無いような気がしてしまうんだ。
『何、浮かない顔しちゃってんすか?』
大きな交差点の信号待ち。
幸成は振り返って言った。
『……別に』
『奈美に何か言われた? あの女、体売ってるからねー。 アユに負けんの、悔しくて仕方ないんじゃない?』
体を売る……?
どういう事?
そんなの私も美香も売ってんじゃん。
だって私達、商品だもの。
『アユ、汚れてんのか綺麗なのか解んないっすね。 あの女、店以外で本番やらして、客増やしてるんすよ』
『……嘘だ……』
『ホント、おまけに尻軽。 俺も誘われたけど、タイプじゃないんすよね』
奈美を断っておいて私に言い寄るって、それ趣味悪い。
それはどうでもいい事なんだけど。
『ま、気をつけてくださいね。 客奪われるくらいで済めばいいんすけど』
青信号に変わると同時、幸成は煙草に火を着け、ハンドルを握り直す。
煙草特有の匂いが車内に充満して、頭が痛くなりそうだ。
『ちょっと窓開けてよ』
『あ、苦手でした?』
『うん。 匂いが嫌いなの』
そう言えば十和も煙草を吸っているな。
前にコンビニで買っていたし。
でも車は煙草臭くなかった。
それに、抱きしめられても、煙草の匂いなんてしなかった。
もしかして、私が吸わないから気を使ってくれてんのかな?
十和なら有り得るかも。
何気にキザなとこあるし。
ヤバイな私。
何してても何処にいても、十和に支配されてる……