その夜。
立ち寄ったのは川崎の京急の駅から歩いてすぐのお好み焼き屋であった。
「東京転勤かぁ。ほんならうちの店に顔出せや」
そう言ってきたのは、紫野の大学の頃からのかつての仲間で、現在はお好み焼き屋の大将におさまっていた柏木勲である。
「まさかプロ野球辞めたらお好み焼き焼くなんて考えもつかんかったなぁ」
柏木は横浜の球団にドラフトの下位で指名され、九年ばかり一軍と二軍を行ったり来たりしていたが、スッパリ現役を引退してからは再婚した妻の実家がやっていた肉屋を改装し、お好み焼き屋を開いている。
「そういう伊福部かて、今度は社長秘書のボスやろ? ハーレムみたいなもんやろ」
「いや、それがやな」
と晴加の名は伏せ、さきの印鑑の件を話した。
「やっぱり東京の女はツンケンしとんなぁ」
「そうなん?」
「おれも現役時代、コンパニオンの子と付き合ってはみたけど、やれプレゼントや服やアクセサリーや言うて、なんぼむしりとられたか」
これには力なく笑うしかない。