顔が近い。首筋に息がかかる。
無意識にこくりと喉を鳴らした私の耳元で、彼はそっと囁いた。
「ねえ、君の名前は……?」
そんなこと聞いてどうするの、と思った。
返しは考えるまでもなく、出てくるはずだった。
だけど——
「………」
喉元まで出かかったと思われた言葉は、無音の息を吐くだけで何も紡ぎ出すことはなかった。
なんで。どうして。
「わ、たし……私、は……」
おかしいな。
知ってるはずだったのに。
全部が一瞬で迷子になったように喉元で、脳内で、寸でのところで思考が遮断される。
考えたくない。
ああ、どうしよう私。
もしかしたら……
「もしかして、思い出したくない?」
嘲るでもなく、ただ単調に……
いや、もしかしたら軽い戯れ程度は含んでいたかもしれない、問いかけられた言葉。