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東京駅近くのバスターミナルには、荷物を抱えたわけあり風の人々がひしめいていた。
このご時世、バスで北上するなんて企てるのは、金の無い貧乏学生を除いて、全部意味深なオトナたちだ。缶ビール片手のホームレス風のオトコ、百円ショップで買ったような安価なアクセサリィを身につけ、そして幼児の手を引くケバいおばさん。アタシたちのすぐ前に並んでいたのは、外国人熟年の旅行者カップルだ。歳は40半ばぐらいだろうか。いい年こいて、何とやらとはいうけれど、地図といくら丼のガイドブックを広げてキャッキャしているフォーリナーたちの健全さがうらやましい。その場にいた日本人達は、どこか疲れきった表情で、なんとなく北へ向かう自分たちの立場をマイナスに捉えているのかもしれない。

ここまで来る途中、メタボは何度も後ろを振り返っていた。コンバースのキャップを深めにかぶり、週刊誌の「包茎治療の男」のように、黒いストレッチの長袖シャツを顎までかぶせている。山の手線車内では、何度も節目がちにして、どこか落ち着かないといった感じで脚を踏み鳴らしていた。事件自体は全国ニュースにもなったようで、車内の中刷り広告には、「肉親殺しのミステリー」と代され、いくつかの殺人犯の名前も上がっていたが、その中には進藤太郎、彼の名前もあった。うすうすそういうことには気づいていたらしく、さっき駅前のキオスクで買い物をした時も、彼は節目がちで、アタシが、週刊誌を立ち読みしようとすると、ものすごい剣幕で怒り始めた。警察署の前を通るときはもっと悲惨で、メタボは「写真ある?」なんておどおどしながら、うろたえていた。アタシが確認すると、そこにはいまだに逃走中のオウムや、白黒写真の日本赤軍、それに、いくつかの豪面なオッサンたちが飾られているだけであって、彼のボサボサ頭と突き出た頬骨は微塵もなかった。