「とりあえず、それで僕がいなくても入れるね…ついでにうち、寄ってく?」
「うん、合鍵試してみようかな。想太くんち久しぶりかも」
僕たちはまたぶらぶらとバス停へと歩きはじめた。
「ところで想太さんは隠しごとはないんだよね…?」
さっきまでぼろぼろ泣いてたくせに、既に回復している彼女の仕組みが知りたい。
「ないよ」
「えぇ~?めんどくさい元カノとか、初恋の掘り返しとか…無いの?」
少女マンガのような話につい笑ってしまう。
……しかも結構楽しそうに言うんだもんなぁ
「ははっ、無いよ。今まで告白して成功したことあんまり無いし」
「あんまりってことはあるんだよね?」
「…あっても、フラれる理由は全部、あなたのことはいい人としか思えないわ~、だから」
思い起こせば、この性格は苦い思い出をよく連れてきた。
肩をすくめるような仕草を見せると、彼女は額に手を当てて言う。
「あっちゃ~」
「本当あっちゃ~って感じだよな」
「でも私、その人たちより5倍は幸せな自信あるよ」
「それは言い過ぎじゃ…」
君がいつか僕に愛想を尽かすんじゃないかって、よく不安になる。
僕はお世辞にも頼れる男ではないし、秀でたイケメンでもない、今までフラレた理由だったところが、君は好きだって言う。
「言い過ぎじゃないよ。私は想太くんの優しすぎるくらいに優しいとこ好きだから」
「照れもなく言うのやめようか…」
僕は片手で口元を隠した。
だって照れ顔って、男としてはあんまり見られたくない。
そんな僕に、彼女はにこやかに言い放つ。
「いちいち照れてたら身が保たないよ」
また片方のえくぼを見せながら。
……相変わらずズルい。
でも、今みたいなちょっとイタズラっぽい笑顔も、穏やかな微笑みも、弾けるような笑顔も、全部そばで見ていたいと思う。
ずっとずっと守り続けたいと思う。
恋よりも、もっとずっと深い気持ち。
僕の前を通りすぎていったどの彼女たちにも抱いたことのない、未だかつて感じたことのない温かい感情。
――――――……リンゴーン…リンゴーン……
バス停にほど近いチャペルでは、若いカップルが皆に見守られながら扉から顔を出した。
新婦の白いウェディングドレスが、雨上がりの太陽の光を反射して眩く光る。
新郎新婦はもちろん、友人らしき人たちも、その上の世代の人たちも、同じように笑顔を浮かべている。
幸せの象徴のようなそんな光景を、僕たちは手を繋いでただ眺めていた。
ただ素直な願望が、唇の端から零れた。
「夕雨、結婚しよう」
「……そんな冗談言うの珍しいね」
彼女の小さな手を、少し強めに握ってみたら、ほんの少し握り返してくれたような気がした。
この手を、ずっと離さずにいたい。
「夕雨が、結婚に対してあまりいいイメージを持ってないのはなんとなくわかってるよ」
「……」
そっと見つめれば、見つめ返してくれる。
愛なんてくさい言葉は本当は使いたくないけれど、それでも一番近いんじゃないかと思う。
「でも、いつかきっと君が寄りかかれる男になってみせるから。そうなれるまで、待っててほしいです」
「…なるべく早くお願いします」
やっぱりどうにも決まらない僕と、花が綻ぶような微笑みを湛える彼女。
なるべく早く君のウェディングドレス姿を見られるように頑張らなくちゃ。
……何を頑張るのかはよくわからないけど、ただ信じてくれた君を裏切らないように全力で君を幸せにしたい。
僕たちの関係を成長させてくれたこの日をずっと忘れないでいよう。
そして、いつか訪れる新たな一歩のために、離さないでいよう。
「夕雨、愛してる」
「ふふ、私も」
その瞬間抱き上げてキスをした。
びっくりした、と怒る君だけど、その顔はずっと笑顔のままだから、もう一度キスをした。
ぐるっと回ると悲鳴をあげながら楽しそうに笑う君。
今日僕たちの上に降った雨が、また僕たちの上に降るとき、僕たちはどうしているだろう。
どう足掻いたって先のことはわからない。
でも、君への想いだけはきっとずっと変わらない。
かなり気が早いけれど、新婚旅行はどこにしようかな、子どもは君によく似た女の子がいいな、家はどうしよう、どんな家庭を築いていこう。
どこまでも広がる未来は可能性に溢れていて、描く理想は霞がかって輝く。
君と手を繋いで、どこまでも歩いていきたい。
来た道を振り返った時後悔しないように、この手をずっと握りしめていよう。
永遠なんてたぶんないけれど、それでも僕は君との永遠を願う。
いつかこの世界から消えるまでずっと隣で笑っていたい。
七色に透き通る虹が、僕たちを見下ろしていた。