たぶん、あれが始まりだったと思う。
帰りの電車は学生や仕事終わりの人でけっこう混んでる。
空いてる席には、最寄駅で前に並んでいた男の子が座ったので、私は扉の近くに立って外を眺めていた。
音楽プレーヤーから流れる音楽が程よく私の心をくすぐる。
(詩織の新曲、来週発売だっけ?)
電車は駅のホームに滑り込んで、色んな人が乗り降りする。
よれよれのスーツを着ていかにも疲れていそうなサラリーマンや、ゼブラ柄の服を着こなす恐そうなお姉さん。
私みたいに制服を着た女子学生や、腰を曲げて杖をついてるおばあさん。
……って、席、空いてる?
私は目の前のドアから乗り込んできた、そのおばあさんの行き先を目で追った。
よたよたと車内を進むおばあさんを尻目に、ほとんどの乗客は寝たフリ。
顔を上げているけど、携帯を操作していておばあさんに気付いてない人すらいる。
え、ちょ…、そこのおばさんたち!話してないで、席譲りなよ!!
そうこうしている内にドアが閉まった電車は、ゆっくりと動き出す。
それに合わせておばあさんの歩みがふらつく。
そんな時だった。
車内に声が響いたのは。
『ここどうぞ!』
知らないおばさんたちの話声に、そんな言葉が映える。
声のする方を見ると、1人の男の子が座席を手で示して立っていた。
(、さっきの…)
それはさっき、駅で私の前に立っていた男の子だった。