「一つ言っておくと、ここは図書館の中では結構な奥地で、はっきり言うと超危険地域だ。」
ダイニングを後にして、開口一番、ブランはそう口にした。
ブランの横で、また仰々しくため息をついたアルトは軽く首を振った。
「めんどくせーなぁ。」
「ルカ、さっき渡したステッキを放すな。」
いきなり表情が厳しくなった二人。警告を受けた私は、事態がさっぱり飲み込めない。
そこでふと、アルトが動きを止め、淡い青の瞳が私をぎょろっと見た。
「乗れ。」
その短い言葉に、私は固まった。隣のブランも同じリアクションである。
確かにアルトは、馬ほどもある犬(少なくとも犬か狼の類)だが、これははて?背中に騎乗しろという意味にとって良いものだろうか。
「アルト…」
「うるせえ仕方ねーだろうが!」
何に照れたのか、ブランにキッと睨みを聞かせてそれ以上喋らせまいとしたアルトであったが、ブランの笑顔を見る限り、不穏な要素はないらしい。
アルトがそのまま姿勢を低くする。これは背中に乗れと明らかに促しているようだった。恐る恐る背中に手をかけると、そのフワモコっぷりに思わず感激して無駄に毛を弄ってしまった。まさに頰ずりしたくなるような、極上の触り心地だ。
その様子にイラっとしたのか、アルトがドスの利いた声で「さっさとしやがれ、ガキィ…」と脅すので、私は慌てて背中に飛び乗った。跳ねれそうなくらいフワッフワである。
「てめーもだ、おい。」
「え、いいの?」
「やせ我慢してんじゃねー。二度と聞くな。」
「ありがとね。」
さっと礼を言って、今度はブランが私の後ろに乗ってきた。うわ、なんだこの距離感。状況が状況で仕方がないとはいえ、決して広くはないアルトの背中で密着するのは必然なわけで。昨日出会ったばかりの人と、体温が感じるくらいの距離まで近づくというのは何とも奇妙で…、居心地は…悪くない?
何故か頬が上気したのを感じたが、新たな問題に直面すればそれも瞬間で過ぎ去った。鞍がない。
「行くぜ。」
私の心配をよそに、アルト号は急発車してしまうのである。