一瞬、声の主がどこにいるのか戸惑い、反射的にブランの方を見た。ブランは自分に疑いがかけられたのが意外だったのか、ビクッとした後、フルフルと首を横に振った。
「もしかしてこのわんちゃん…?」
ブチっと青筋が現れる効果音がなぜが耳に響いた気がした。禍々しいオーラが、白い犬から湧き出ている。
「誰が”わんちゃん”だあ?」
「アルト、悪気はないんだ。」
「てめーは黙ってろ。俺は頬を擦り擦りしてくるような、愛玩動物扱いだけは耐えられねーんだよ。」
けっと吐き捨てた様は、まさにガラの悪いヤンキーである。しかし、ふわふわの白い毛を全身に纏っていると、見た目は天使そのもので困る。
「嬢ちゃんよ、」
「は、はい?」
野太い声に呼びかけられ、思わず肩がビクッと動いた。”嬢ちゃん”って、この犬は一体いくつのつもりなのか。
「俺ァ、そこのブランに頼まれて、赤子の嬢ちゃんの世話してやるってことになった。もともとよ、俺は面倒が大嫌いなタチだが、仕事には忠実なんだ。迷い人は安全に送り返すのが街の決まりになってる。」
「はい」
「つまり、仕事として、アンタの世話してやろうってんだ。個人的なもんじゃねー。」
「はい」
「だから目上は敬いやがれってんだよ。」
「はい…」
いまいち飲み込めず、困惑していると、ブランが、「アルトはこれでも500歳を超えてるからプライドが高いんだよ。」と耳打ちしてきた。
ご…500歳ておい…お前も十分モンスターか。
なるほど、これが異世界か、と本格的に納得したのは、ここへきてわずか二日目の午後の出来事だった。