結局、電話では埒があかないため、このまま本社で社長に会う事になった。
閉店作業を井出に頼んで本社に向かう。
これでまた今夜も絵里子さんと会えないだろう。
退職を含め今後の話を彼女にしたいのに。
本社の駐車場でメールをした。
『直接会って話をしたい。近いうちに時間を作るから会って欲しい』
すぐに返信が来てほっとした。
『連絡待っています』
たった1行だけど彼女とつながっている気がしてほっとする。
絵里子さんに会えたのは3日後の夜。
仕事の後、彼女の自宅を訪ねた。
「祐也は?」
「鈴木先生のお宅で隼くんに勉強をみてもらっているの」
俺がリビングのソファーに座ると絵里子さんはキッチンに行こうとする。
その腕をつかんで、座るようにお願いする。
「何もいらないから、とにかく話を聞いて欲しい」
黙ってうなずいて隣に座ってくれる。
「急に退職することになってしまった。もともと考えていたことがあって。
俺が前は本社所属でプロのアスリート専属トレーナーをしてたのは知っているよね?」
「ええ」
「あの時はいきなりプロのアスリートの専属トレーナーを外されて新規店舗の責任者をするように言われて。
もちろん、会社員なんだから配置転換もあるし、会社の方針に従わないといけないのはわかっている。
だから、受け入れて働いていたけど。
でも、やりたかった仕事はこれなのかって考えるようになっていた。
もちろん、祐也たちジュニアのアスリートを育てることも楽しかったよ。
でも、もっと深く関わり合いたいというか」
膝で両手の拳を握る。
「今の店に来る前から大学時代の恩師から声を掛けてもらっていたんだ。
新しくスポーツ医学の研究所を立ち上げるから一緒にやらないかって。どうするかは決めていなかったんだけど、空いている時間に度々教授のところに行って話を聞いたり、いろいろな講演会や学会、勉強会に参加していたんだ。自分の勉強のためにね。でも、それが社長の耳に入ってしまって」
はぁっとひと息いれる。
「なぜか俺が今いるアスリートを引き連れて会社を辞めて新しいところに行くという話になってしまって。完全なデマなんだけど。
会社の上層部は当然面白くない。で、連日呼び出されて。否定しているのに納得してもらえなくて。
逆にそれで新しいところで1からやりたいって思うようになってしまった」