「何だよ、凌さんの次は山口さんかよ。みんないなくなる」
祐也が珍しくいつものプライベートの時の口調で口をとがらせる。
「祐也」絵里子さんがとがめた。

「あの、お話中すみません」フロントを任せていた新人の女性トレーナーが俺を呼びに来た。

「何?」
「あのっ、お電話なんですけど…社長からなので…」
言いにくそうにおどおどしている。

またか。
「今行く」
はぁっと息を吐いて、絵里子さんと祐也に
「すみません、またしっかりお話しますから」
2人の目を見て言い、頭を下げ電話に出るために立ち上がった。

新人トレーナーの小泉とフロントに向かう。

「山口さん、お話中にお邪魔しちゃって…」
申し訳なさそうに肩をすくめて小さくなる小泉の様子がおかしい。

「何で電話を取り次いだだけなのに、お前が謝るの」
「だって大事な話をしてたっぽいのに。何か山口さんが片膝立ちしてて。ひざまずいてプロポーズかと思ってどきどきしました。本当にプロポーズでした?」
とくすっと笑う。

「はぁ?何言ってんだよ」
あほか、と小泉の頭を叩く真似をした。

フロントに戻って本社に電話をかけ社長につないでもらう。
保留のメロディーを聞きながら、帰ろうとしている絵里子さんと祐也が視界に入る。ぱちっと絵里子さんと目が合った。

絵里子さんがパッと口を開けた。
ん?

『が』『ん』『ば』『れ』

声に出さず口だけで伝えてくれる。
『がんばれ』

口の形はたぶん『がんばれ』
理由など何も聞かなくても俺を応援してくれるのか。
それとも、俺に興味がないわけではないだろう。そんなことないよな。

にっこり微笑むと帰り支度が済んだ祐也を連れて会釈して帰って行った。

なるべく早く絵里子さんに会いに行こう。
しっかりと説明しよう。
これから何をするのか。
絵里子さんと祐也の理解が欲しい。


そして、社長との電話は思った通りの内容で疲労感が増したが絵里子さんのためだと思い、腹の底に力を込めた。