それからすぐにでも会えると思っていたが、祐也がインフルエンザになったり、俺の都合だったりしてゆっくり会う時間が作れずにいた。絵里子さんも何やら忙しい様子だった。
祐也のトレーニングのお迎えに来た時に少しだけ声をかけ
たり、メールや電話をする位。
このところ繁華街の送迎も隼くんが行っていた。
しかし、どうしても絵里子さんに直接顔を見て伝えたい事があった。
トレーニング中、祐也に話があるからトレーニング終わっても帰らないよう伝える。
祐也は真面目な顔で「話って僕じゃなくて、母ですか?」と聞いてきた。
「いや、2人に。だから、トレーニングが終わっても帰らないでちょっとソファーで待っててもらえる?」
とお願いした。
「はい、わかりました」と素直に頷いてくれる。
チラッとソファーに座る絵里子さんを見ると、本を読む手を止めてこちらに目を向けるところだった。
目が合ってにっこり笑ってくれる。
ああ、やっぱり絵里子さんがいるっていいなと思う。
どうしても、早く伝えなければ。
残っている成人男性のトレーニングを木田に任せて見学者用ソファーに行くと、絵里子さんは祐也とスマートフォンで何かの動画を見ながら笑っていた。
「お待たせしました」
ソファーに座る2人の視線の高さに合わせるために片膝を床に付けて腰を落とした。
すぐに切り出す。
「急なんですが、来月いっぱいでここを辞めることになりました」
2人とも両目を見開いていた。
「突然で申し訳ありません。急いで動かなくてはいけない事情があって」
「えー!」
祐也が大きな声を出した。
「辞めてどうされるんですか?」
絵里子さんに少し震えるようなか細い声で聞かれた。
「アメリカに行きます。向こうで勉強をしてきます」
はっきりそう告げると、絵里子さんはいつものあの真っ直ぐなまなざしを向けてきた。
じっと俺の目を見つめる。
俺の目の奥の心の深いところをのぞかれているような気持ちになる。
自分に自信がない時はあのまなざしを向けられると、かなりきつい。叱られているような気持ちになる。
でも、今は違う。
揺るぎない決意があるから。
自分の気持ちが伝わるよう俺も絵里子さんの瞳を見る。
ふっと絵里子さんが微笑んだ。
「がんばってきて下さい」
優しいまなざしに変わっていた。
俺の考えが少しだけでもいいから伝わって欲しい。
ここは職場で他の会員やスタッフがいるから、今、絵里子さんや祐也に全てを伝えるわけにはいかない。
「はい。祐也くんのトレーニングの担当は今まで通り井出がメインで行います。僕の代わりに南ヶ丘店から山田が来ますから、彼にサポートを頼むつもりです」
周りの目もあるため、仕事用の言葉遣いで伝えた。