日曜日の早朝、俺は絵里子さんの自宅マンションの前で絵里子さんと祐也を車に乗せた。
「すみません、また山口さんに車を出していただいて」
「ちょうど仕事は休みだったし、いいですよ。頼ってもらってうれしいし」
祐也は俺の仕事の休みを狙って度々、俺の車に乗りたいと連絡してくる。
大体絵里子さんには事後報告。
たびたび『山口さんが大会の会場に送ってくれるって』と言って強制的に絵里子さんを連れ出してくれる。
今日は祐也を県外にある会場で行われる合宿先に俺の車で送って行くことになっている。
行きは3人。帰りは絵里子さんと2人だ。
「山口さん、ありがとう。うちの絵里子さんをよろしく。後は2人でごゆっくり。俺は泊まりで夜いないから」
祐也は車を下りるとさっさと合宿先のホテルに入って行ってしまった。
「な、なんてことを」
絵里子さんは顔を赤くして絶句。
俺も少し照れる。
行きは高速道路を走ったが、帰りは海岸線をゆっくりドライブしながら戻ることにした。
海沿いのパーキングで運転席を譲ると絵里子さんは嬉しそうに呟いた。
「本当はちょっと期待していたし楽しみにしていたのよ」
「そんなに運転したかったんだ?」
早く言えばよかったのにと返事をすると
「とってもリラックスできるのよ」
そう言って俺をドキっとさせた。
座席位置をずらし、ルームミラーの角度を直すと俺を見て微笑んだ。
「それはこの車を運転するから?それとも俺と一緒にいるから?」
「さぁ、どうかしら?」
くすくす笑いギアを入れる。
どうやらそれ以上の答えは聞かせてもらえないらしい。
地元に戻り、お酒と夕食をということで、車を置いてから俺のアパートの近くのスペインバルで食事をすることにした。
最近は一緒にいることに慣れてくれたようで安心する。
冗談を言って笑い合ったり、子育ての悩みを聞いたり。
ただ、絵里子さんの仕事の話は聞いたことがなかった。
土曜の夜のスペインバルは混んでいたが、運良く4人席が空いていてすぐに座れた。
ホタテのアヒージョを食べているとワインがすすむ。
お店のおすすめはラムチョップとエビのフリッター。
でも、彼女はオムレツもパエリアも食べたいしどうしようって悩んでいて。
「また、一緒に来て食べればいいんですよ」
思い切ってそう言うと
「そうか。そうね」
俺の大好きなまなざしで俺を真っ直ぐ見つめてからにっこりと笑った。
「いつでもお供します」
「よろしくお願いします」
2人で笑った。
最近の絵里子さんは『でも』『だって』『ごめんなさい』が減った。ずいぶん進歩。
タパスの盛り合わせの中からグリーンオリーブを取り出して、ワインでご機嫌になった絵里子さんの口元に差し出す。
「はい」
「んー」
ぱくっと食べる。条件反射だ。
ガマンできずにくくっと笑うと、ハッと気が付いたようだ。
「やだ、ついクチ開けちゃった。かなり酔ってるのかな。恥ずかしい」
両手で頬を押さえる。少し顔が赤いかな。
「これ、なかなか気分いいですね」
今度はブラックオリーブをはいっと目の前に差し出す。
「さすがにもうのせられませんよ」
口元を手で隠す仕草をする。
ヤバい。かわいい。
「残念。オリーブ好きなんですよね?」
仕方なく俺が食べる。
「そうなの!黒も緑も」
「じゃ、食べればいいのに」
またブラックオリーブを差し出す。
何か言いたげに少し酔った潤んだ瞳でじーっと俺を見つめたあと、目を閉じてぱくっと俺の差し出したオリーブを食べた。
うわっ。
美樹さんが言っていた絵里子さんの餌付け。
かわいすぎて癖になりそう。
何か、感動。
「…もうやりませんよ」
口をとがらせて自分でオリーブをつまんで次々と食べてしまう。
普段はこんなに緩くなる人じゃない。
こんな絵里子さんは俺の知る限り祐也、鈴木、美樹さんの前くらいだろう。
まいちゃんに対してもここまで緩くはならない。その仲間に入れたかなと思うとかなり嬉しい。