木曜夜の最後までトレーニングしていたのは祐也だった。
鈴木と井出が二人でトレーナーとして付き、他のトレーナーは片づけに入り、他に残る会員はおらず、山田はフロントでぼーっとしていたそうだ。

そこに笹森さんが祐也のお迎えに来たのだが、見学ソファではなく、真っ直ぐフロントの山田に声をかけてきたそうだ。
「山田さん、これ、食べていただけませんか?」

白い袋を持って、優しい笑顔で何が何だかわからない様子の山田の腕をとり見学ソファに連れて行き3人がけのソファに座らせて隣に自分も座る。

山田としっかりと視線を合わせてにっこり笑顔で言った。
「これを食べると祐也は元気になるんですよね」
白い袋から包みを取り出し広げる。

中に入っていたのはまだほかほかと温かいおにぎりと保温カップに入った温かいお味噌汁。
そして保冷剤に包まれた小さな紙箱。

「山田さんも食べてくれませんか」
彼女にいつもの二倍増しの笑顔で言われる。
言い方は優しいが断れる雰囲気はなかった。
その勢いに押されて「はい」と言って口を付けた。

炊きたてご飯にゴマと焼いた塩鮭をほぐしてまぜたおにぎり。まだほかほかしていて暖かい。
味噌汁は保温カップに入り小さめに切った豆腐とのりとネギのシンプルなもの。

無言で食べた。
温かい、旨い、そして暖かい、本当に暖かい。

ここ4日程ろくな食事を摂っていないことを思い出した。

次第に冷えきっていた心が暖まっていくような気がした。

「笹森さ…」といいかけた山田の声をふさぐように
「4年前の陸上競技測定会の持久走計測の後で、トラックの端で祐也はずっと泣いていました。結果に納得がいかなかったんでしょうけど。私はスタンドにいてトラックにいる祐也をどうしてやることも出来ずにいました。
そこに山田さんが来たんです」

「山田さんは悔し泣きしている祐也のそばで話をしてくれていました」

「後で聞いても祐也からは何を話したかは教えてもらえませんでしたけど…。話し終えたら、祐也は真っ直ぐ山田さんの顔を見て…笑っていたんですよ」

「あの頃のあの子はとても難しくて。でも、外面はかなり良くて。誰にも本心を出してないように見えたんですけど…ここのトレーナーさん達には素直に自分を出しているような気がするんです」

ふぅーっとひと息ついて
「皆さんのこと、勝手に祐也の兄のように思ってます。山田さんに元気がないと祐也がまた心配してしまいます。少しでも食べて元気出して下さい」

これはあの時のお礼だって笑った。