一瞬で始まった片思いは、そのくせに加速度を増して。

ひたすらに、深く深く。



一度好きだと気付いてしまえば、君の何もかもが可愛くて堪らなくなった。

つまらなそうな横顔も、ちっとも伝わらない断り方も。
困った時の眉の下げ方、小さな八重歯も。



またあんな顔で笑ってくれたらいいのに。
君がいる場ではいつも、そう思って大きな声で話していた。

気を引こうと子供みたいなことを繰り返す。そんな俺を、君は誰よりずっと無垢な顔をして躱す。



俺たちの距離は、ちっとも縮まることはなくて。
何度か挨拶で声をかけたけれど、君が目線を上げることもなくて。


あの雨上がりの帰り道が、嘘みたいに疎遠に戻る。
夢だったのか。君が欲しくて、微睡みの中で焦がれた幻。


そうやって、目さえも合わせられぬまま。あっという間に一年半が過ぎた。
















四半期締めの、課内の飲み会。久々に目標より一回り大きく達成した数字に、雰囲気は浮き足立っていた。



無理だと言われていた、大形の契約更新に成功した。岩田が目標達成の立役者だともてはやされて、真ん中に座るようにと肩を押される。

面倒だな、と一瞬過ぎったのもつかの間、頷いて腰を下ろしたのは。


同じテーブルの端に、君がいたから。








「岩田さんって彼女いるんですか?」

『いないよ、好きな人ならいるけど。』


君を見ながらそう答えても、当の本人は眠たそうな顔で半端に余った料理を皿に寄せる。

悔しいけれど、君の所作にはどれも清潔な生活感が漂う。
俺が君を知る中で、好きになったところの一つ。


君には飽きない。
何度見ても、何度でもいいと思う。

途中から、周りの高揚した声も他所に。
頬杖をついて君ばかり見ていた。










今日こそ、と何十回目の決心を持っていた夜だったのに。

二次会を募るザワつきの中に、もう君はいない。


「岩田さん、行けますよね?」

萩原さんが行くならね。
素でそう答えそうになるのを、飲み込んで足早に外へ出た。


散らばる人の流れに目を凝らすけれど、水色のマフラーは見当たらなくて。
夜の光の中で、一人立ち竦む。




また、君を見失った。

もう何回、こんな不甲斐なさを噛みしめればいいのか。
こんな情け無い片思いなんて、性に合わないのに。

そもそも、失うのが怖くて手を伸ばせないことなんて一度もなかった。
こんな臆病な人間なんかじゃ、なかったはずなのに。



君を好きになる分だけ、自分を嫌いになりそうだ。

知らなかった自分を知り続ける。
痛くて切なくて、味わい深い。

君への想いは、なんて甘美。