伶音くんが、己の手で別の女と互いの脚を繋ぎとめる。

肩を組んだ彼女と、ぎこちなくも、協力し合って華麗にゴールを決める。

笑顔の伶音くん。

戸惑う彼女。

瞼の裏を、そんな光景が何度もリフレインする。

何度も、何度も。

「市川さん」

伶音くんが、あの女の名前を呼ぶ。

「市川さん」

聞きたくない名前を、伶音くんが幾度となく繰り返した。

市川さん、市川サン、イチカワサンーーーー

呼ぶな。

聞きたくない。

あの女の名を、聞かせないで。

お願い、お願い……!

イチカワサン、イチカワサン、イチカワサン。

うるさい。

うるさい、うるさい。

聞きたくないのに!!

「柚姫?」

深い思考の闇を遮ったのは、伶音くんの声だった。

「あ、れ……伶音、くん」

「もうすぐだよ、二人三脚」

僅かに滲んだ視界の中で、彼は悩んでいた事なんてバカバカしくなるような無邪気な表情をしていた。

「柚姫、なんだか顔色悪い? 大丈夫?」

その髪と同じ、ハチミツ色の瞳が私の顔を覗き込んできた。

「大丈夫、緊張しているだけよ」

必死に笑顔を作ってみせると、伶音くんは少しだけ不安そうな顔のまま頷く。

「なんともないならいいんだけど……。無理するなよ?」

そう言うと、フワリと、その男の子らしい逞しい手を、私の頭に載せた。

いつもならもう、不安や薄暗い感情なんて、彼のその優しさで消えてしまっているはずだろう。

なのに、今日の私の心は、伶音くんに触れられても晴れることはなかった。

いつもなら心臓が高鳴って全身の体温が上がりそうな幸せな状況なのに、胸はズクズクと重く傷み、身体は指の先まで冷たかった。

けれど、これから始まる競技を前にして彼に余計な重圧を与えるわけにはいかなかった。

私は気力を振り絞って無理やり笑顔を作ると、伶音くんに向けた。

「ありがとう。二人三脚、頑張りましょうね」

ぐるぐると胸の奥で汚らしく渦巻く感情の名前は、私にはよくわからなかった。

わからない感情は、そのやり場も消し方も、知らない。